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秘密基地を出てシャトルバスに乗っている最中、窓の外にピンポン球そっくりのUFOが飛んでいるのを目撃した――そのとき、目が覚めた。

……なんだ夢かよ。変な感じであれこれ混ざってたような気がする。
どんな夢だったか細部を思い出しつつ無意識に枕元で手をさまよわせた。
探していたスマホは見当たらず、代わりに大きい何かの塊が右手に触れてパチッと覚醒した。
俺はうつ伏せで寝てたらしい。何度も瞬きをしながらごろりと右側に体を向けた。

室内は薄暗く、見上げたその先には片膝を立てて座り込んでいる人影があった。仁科だ。
猥雑に皺の寄ったシーツの上で、同じ上掛けの中に入ってる。けれど隣にいる仁科は起きていて、じっとスマホを見つめていた。
液晶画面の明かりが、端正な横顔を暗い中に浮かび上がらせている。

「……はよ」
「ん?起きたの?」
「あぁ……いま何時?」
「六時だよ。朝の」

わりと早く目が覚めちまったな。今日は寝坊するつもりだったのに。
ていうか昨夜あれだけやっといてよく目覚められたもんだと自分に感心する。
昨夜――あれから深夜にかけて二回やった。といっても正確な時間なんて覚えちゃいないし、そのあと疲れ果てていつどんなタイミングで寝たのかすら曖昧だ。

口を開いたら軽く咳が出た。咳の衝撃で喉がヒリヒリ痛む。
声がかすかすに掠れてる。これでもかってほど声出しっぱなしだったし、もともと喉は弱いほうだから仕方ないが。
唾を飲み込んで喉を潤してから話を繋いだ。

「仁科、お前さ……」
「なーまーえー」
「……天佑、いつ起きたんだよ」

ソッコーで指摘された。いつもの癖で名字になったってのもあるけど、改めて呼ぶのがちょっと恥ずかしかったんだよ。
天佑はスマホを傍らに置いたあと、立てた膝の上で頬杖をついて俺のほうに笑みを向けた。

「寝てないって言ったらどーする?」
「はぁ?」
「だってぇ、寝てる間にぃ、また誰かさんがいなくなっちゃったらイヤだったからぁ」
「う……っ」

痛いことを言いやがる。
前にセックスしたときは、天佑が寝こけてる間に自分の部屋に戻ったんだった。襲い来る後悔とか自覚したばかりの恋心とかそういうものの大きさに耐えかねて。
どう言い訳しようか考えを巡らせているうちに、天佑が体を屈めて俺の額にキスをした。チュ、と微かな音をたてて唇が離れる。

「うーそ。イジワル言っちゃったね。起きたのついさっきだよ、ほんと」

言いながら俺の前髪を梳いて撫でる穏やかな手。
心地よさに眠気が再び湧き上がったが、抗うように小さく欠伸を漏らし、肘枕をして天佑を見上げた。
そして昨日からずっと聞きたかったことを切り出した。

「あのさ、お前、水族館って好き?」
「うん?ん〜……んん……まぁ好き……かなぁ?」

即答で好きって返ってくるかと思いきや天佑の返事は曖昧だった。

「なんかハッキリしねぇな。てっきり魚好きなのかと思ったんだけど」
「好きだよ〜?でもどっちかっていうと、そーゆーとこで見るより自分で育てるほうが好みってゆーか」
「そっちか」

リビングにあるアクアリウムは観賞用よりも飼育目的らしい。
しかしあれだけ綺麗かつ完璧に作ってあるんだから、そのうえでの鑑賞用でもあるんだろうが。

「てゆか、水族館とか突然なんの話?」
「や、そういうとこ好きだったら一緒に行かねーかって聞きたかったんだけど」
「誰と?」
「俺と」
「二人で?」
「ああ」

これまた即答せず、天佑は黙り込んだ。
あれ、これって俺とはそこまでの付き合いはしたくないってこと?しまった、調子に乗りすぎたか。

「悪い、ちょっと聞きたかっただけでその気がないなら別に――」
「んーん、違う違う。ただね、俺に合わせようとしてくれなくてもいいのに〜って思っただけ」

こっちが言い終わらないうちに否定した天佑の表情は、垂れた目尻がもっと下がってふにゃっと崩れた。
天佑はそのまま覆い被さってきて、横向きだった俺を仰向けにした。

「いいよ。しよ、デート。でも理仁が行きたいって思う場所も教えて」
「あー……うーん、行きたいところか……」

それが思い浮かばないから聞きたかったんだけど。
いくつかデートスポット的な場所を考えてる間に、天佑の唇が首筋や胸元に滑った。
舌先で乳首を転がされると、昨夜さんざん弄られて敏感になってたせいか「んっ」と高めの声が出た。

「……もうすぐ萱野来るんじゃねーの?」
「ん……来ないよ。今日は来ないでーってさっきメッセ送っといたから」
「マジか」

てことは今日は二人っきりで過ごすつもりなのか。
急遽仁科様を独占することになったわけだから、親衛隊長の顔を思い浮かべてちょっと申し訳なく思った。萱野のことだから怒りはしないだろうけど。

それにしても、天佑が肌の上で喋るから息がかかってくすぐったい。一方でそんなかすかな刺激でもぞくぞくと快感が走った。
俺の反応に気付いてるらしい天佑は、さっそく濃密なキスを仕掛けてきた。
上顎を舌先でゆっくりなぞられるとビクッと背中が反った。連動して尻の奥が疼きはじめる。

「……ね、きのーは真っ暗で理仁のエッチな顔見れなかったからぁ、今度はちゃんと見たいな?」

それは俺も同感だ。視覚が封じられた中でのセックスってのも、あれはあれで燃えたけど。
でも、顔も体もちゃんと見えてたほうが俺としても嬉しい。
頷きながら下唇を挟むキスでお返し。やっぱりこの唇は極上だ。止められるわけねえよ、こんなの。

「お尻は大丈夫?」
「今更かよ。まあイケんだろ、たぶん」
「ふふ、理仁のそーゆーとこ超かわいい」

褒めてるのか?それは。
なんとなく馬鹿にされてるような気がしたものの、堪え性のない俺は目の前の赤い唇にかぶりついた。
同時にすりすりと太腿に擦りつけられた天佑のモノもすでに臨戦態勢。
ところが足を開いたそのとき、俺の腹がグゥと色気とは無縁の音を立てた。

「あ、やっぱ先に軽く何か食べてからに……あっ」
「ダーメ。そーゆーのはあとにしよ」
「あ、ちょ、あ……っ」
「ほらぁ、せっかく俺の形覚えたんだもん、忘れないうちに挿れちゃおーね?」

最高にアホなことを言いだした天佑に言い返そうとするも、それらは全部あえぎ声にすり替わってしまった。
そうして結局、日が落ちるまでの時間のほとんどをベッドの中で過ごすはめになった。
秘密基地の撤去で他の住人は全員出払っていたから、この日の特別棟はいつにも増して静かだった。

夜になってようやく自分のスマホの存在を思い出した俺は、リビングのソファーの隙間に埋まっていたそれを掘り起こした。
おそるおそるロックを外してみたら、ガンガン連絡がきていた。主に龍哉と千歳から。
まさか今までヤリまくってましたとも言えず悩んだ末、「また明日」と返信したあとに、電源を落として再びソファーに放り投げた。


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