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SFとオカルトを織り交ぜたシュールな内容が淡々と進み、夢中になってテレビを見続けた。
そして番組が途切れたときに、ふと、部屋に置いてあるデジタル時計に目を向けた。
なんとびっくり、気が付けば一時間近く経っていた。
驚いて腰を浮かし再び浴室をのぞいてみた。
脱衣場は一時間前と変わらずしんとしていた。タオルを使った形跡がないから俺の知らないうちに風呂を出たってこともなさそうだ。

「仁科?」

風呂場のドアを叩きながら声をかけてみる。だけど返答がない。うんともすんとも言わない。
急に、足元からざあっと体が冷えた。まさか、仁科、風呂場で倒れて――。

「……仁科っ!」

バンッと勢い良くドアを開け放った。
中は湯気が立ち込め蒸気でこもっていた。そのうえバスミルクの、フルーツやバニラみたいな甘い芳香が充満している。
そして肝心の仁科は半透明の湯に胸まで浸かり、浴槽に背を預けて天井を仰いでいた。
濡れた前髪を上げてうしろに流し、整った顔が額まであらわになってる。まぶたは閉じられていて眠ってるように見えた。

「に、仁科……?」

戸惑いつつも中に入って軽く肩を揺さぶりながら声をかけてみれば、ゆるりと瞳が開いた。その長いまつげも雫で濡れている。
浴槽の脇にしゃがんで仁科の様子をうかがった。

「仁科、まさか寝てた?」
「……んーん。寝てないよ。考え事してただけ……」

上の空ぎみとはいえ返答があったことにホッとした。意識もちゃんとしてるみたいだ。
それにしても焦った。風呂に入りながら寝てたなんてことになってたらシャレにならない。

「つかお前、いつから風呂入ってんだよ。もう出ろって、のぼせてんだろ」

仁科の肌は赤く上気し、指先に皺ができるくらいふやけている。そこに汗なのか湯なのか判別できない水滴が幾筋も流れていた。
一体どんだけ湯船に浸かってたんだよ。半身浴にしたって心配になるレベルだぞ。
「んー」と仁科がフニャフニャした返事をする。出るのか出ないのかよく分からなかったが、ヤツは緩慢に体を起こした。

手を貸そうかと声をかけたのに仁科は大丈夫だと言い張った。それならと俺は先に浴室を出て、ウォーターサーバーからグラスに水を注いでリビングで待った。
それほど時間をかけずに出てきた仁科は、相当暑いのかスウェットのズボンだけを穿いた姿だった。首周りに汗が浮いている。
水を差し出すと仁科は礼を言いながら受け取って笑みを見せた。
……よかった、とりあえず大丈夫そうだ。

「志賀ちゃん。お風呂空いたから、入って」
「だってお前……」
「俺は部屋で寝てるから」

グラスを持ったまま、仁科はふらりと自室へ消えていった。
さっき慌てて服のまま風呂場に突入したせいで俺もところどころ濡れてる。のんびり湯船に浸かる気にはならなかったが、新しい着替えを用意してシャワーだけ浴びた。
それでもどうしても気になって、様子を見るために仁科の自室のドアをノックした。すると、少し間を置いて中からくぐもった応答が聞こえてきた。

「仁科、入るけど」
「んー……」

そっと足を踏み入れてみれば、部屋の中は真っ暗だった。
暗さに目が慣れるとうっすら内装が見えた。カーテンの隙間から月明かりが細く差し込んでいて、その光だけでだいたい判別できる。
春休みのとき一度だけ入ったことがある仁科の部屋は、正直ほとんど覚えてない。
俺が使ってるゲストルームとは広さが違うしベッドの大きさも違う。
そのベッドの真ん中に、仁科が仰向けで寝そべっている。ぐったりしてるように見えて、足音を殺してそばに寄った。

「なあお前、大丈夫?萱野呼ぶか?」
「……志賀ちゃん……」

ずいぶんと弱々しい声で仁科が呼ぶから枕元まで移動した。
俺のほうに腕を伸ばしてくる仁科。ベッドの縁に乗り上がってその手を握った。
仁科の瞳は閉じられている。薄く開いた唇。むせ返るようなバスミルクの甘い香り――。
コイツの体調を心配する気持ちもあるのに、こんな状況で俺は、その誘惑に勝てなかった。

覆いかぶさるようにして唇を重ねる。
唇もふやけてるかと思ったのに弾力は損なわれてなかった。でも、しっとりとして火照っている。
慣れていたはずの仁科とのキス。なのに今までとは違う気がした。
その正体を確かめたくてもう一度啄ばむと、急に腕を引かれてぐるりと視界が反転した。

「にし……、んっ」

強い力で掴まれた両手首がベッドに縫い止められる。らしくないほど乱暴なやり方だ。
そうしてあっという間に組み敷かれ、今度は俺のほうが唇を塞がれた。深く重ねた唇の隙間に熱く濡れた舌が差し込まれる。
俺の舌を巧みに絡め取られると息苦しくなった。
鼓動が速くなる。血の流れが活発になった俺の体は、体温が一気に上がった。

「ん……はっ、に、仁科……」
「――志賀ちゃんさぁ」

長いディープキスからようやく開放された途端、冷めたような低い声がした。

「なんで、遅かったの?」
「は?」
「すぐ戻るって言ったのに……」

ハッとして数時間前のことを思い出した。
ああ、たしかにそう言った。でもそれは別に意識して言った台詞じゃなくて、俺にとってはほんの些細な何気ないひと言だった。それを、仁科は待ってたってのか?

「……ごめん、悪かった。ちょっと向こうで遊んでたら時間忘れちまって」
「今日、お出かけ楽しかった?」
「え?」
「誰と、どこに行ったの?」
「……ん……っ」

吐息混じりに低く囁く仁科の唇が俺の耳を挟む。暗いから表情はよく見えないが、苛立ちの滲む口調だってのは分かる。
どうしてそんなことを聞くんだよ。なんでいきなり怒ってんの?

「……た、龍哉と買い物、とか」
「とか?」
「いろいろ……」

ついモゴモゴ濁すと耳を食まれた。
歯が立てられ、軽い痛みのあとにフチに沿って柔らかく舌が這う。ぞくぞくと背筋が粟立った。


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