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そのあとも思う存分遊び倒して、夕方間近になった頃、俺たちは学園に戻った。
外を歩き回ったうえに適度に体を動かしたせいで汗だくになったから、龍哉と一旦別れて仁科の部屋に戻った。

ところが部屋の主は不在だった。
そういえば、今日は仁科様親衛隊の集いという名の謎の集会があるって言ってたな。それが長引いてるのかもしれない。
シャワーを浴びてさっぱりしたあと、タオルで髪を拭きながらスマホチェックした。
履歴を見ていくと、いくつかきてたメールの中に予想外の名前があってちょっと驚いた。

――三春翼。あいつからメールなんて珍しい。
何事かと思って真っ先に開いてみたら、『これから秘密基地に行きます。理仁君も行きませんか?』という誘いだった。
受信時間は昼を過ぎたあたり。龍哉と卓球に熱中してた頃か。
今からメールだと遅すぎると思って直接電話をかけると、三春はワンコールで出た。

「もしもし?三春?」
『あっ……あっ、うんっ!』
「俺だけど。悪い、今日出かけててメール気付かなかったわ」
『ううんっ!大丈夫っ……ぜんぜん』
「つか、もしかしてこの前話した移動のこと?もう行っちゃった?」
『えと、ま、まだ……待ってて』

俺の返事を待ってたってこと?マジかよ。
話しながら窓の外を見る。この時間ならまだ余裕で明るい。

「今からでもいいか?都合悪かったら明日に――」
『いっいいよ!!今ッ!!』

ものすごい大声が耳をつんざいた。とっさにスマホを離したのに音の余韻がキーンと残る。

「わ、わかった。俺いま特別棟だから、そっちに着いたらまた連絡する」
『う――』

うん、と頷いたみたいだが語尾が途切れた。せっかちすぎんだろ、あいつ。
まあ今日買ってきた千歳に頼まれてた漫画も渡さなきゃいけないし、もとから普通寮には行くつもりだったけど。
ドライヤーで髪を手早く乾かしたあと、風呂上がりのTシャツ姿のまま部屋を出た。
そうしたら廊下の先で、ちょうど寮に帰って来た仁科、一歩うしろに萱野と親衛隊副隊長という顔ぶれにばったり会った。
仁科は俺と顔を合わせるなりきょとんとした。

「あれぇ、志賀ちゃん帰ってたんだ。てか、またどっか行くの?」
「おー。ちょっと向こうの寮に」
「えぇ〜さみし〜!」

大げさなリアクションに苦笑いが漏れる。
てらいもなくこういう反応するところが可愛げがあるというか、羨ましい性格だ。

「すぐ戻るって。そっちは三人で反省会か何か?」
「うん、そんな感じ」
「へー?あ、じゃあ俺、急ぐから」

三人を避けて脇をすり抜けようとしたら仁科の腕が俺をとらえた。
なんだよ、と聞く間もなく抱き寄せられ、頬にチュッと軽いキス。嗅ぎ慣れた甘ったるい香水の匂いが俺を包み込んだ。

「志賀ちゃんが帰ってくるの、待ってるね」
「ああ」

手を繋ぐよりこういうほうが平気な俺は、羞恥心の在り処がずれてるんだろう。
仁科の背中を優しく叩いてその腕から抜け出した。今はまだ明るいとはいえ、徐々に沈む太陽は待ってくれないからな。
萱野も副隊長の子も俺らのことをガン見してる。けれど二人は俺に何を言うでもなく、すっと避けて道をあけてくれた。
小走りに普通寮へと急ぐと、玄関前で忙しなくうろうろしている小柄なヤツを見つけた。三春だ。

「三春?なんだ、連絡するっつったのに待ってたのかよ」
「ご……ごめんね……」
「いや怒ってねーから。わざわざ暑いとこにいなくてもいいのにって意味」

とりあえず千歳に頼まれていた漫画は、寮のエントランスに設置されてる各部屋ごとの郵便受けに突っ込んでおいた。
寮裏に回り込むと、この時間でもちらほらと生徒がいて思い思いに余暇を過ごしていた。
裏庭には芝生と石畳の広場みたいなものがあって、その先はお馴染みの人工林。人工とはいえ植樹から何十年も経ってるから、木々が鬱蒼と生い茂っている。
だいぶ日が翳ってきているのも相俟って、夕暮れの林の中はいっそう薄暗く感じた。

廃物置にたどり着くと、前と同じように三春がドアを揺さぶった。
ついでに開け方を教えてもらったものの俺は三春みたいにうまく開けられなかった。
物置の中はこの前と何も変わってない。

「そういやここ、テスト終わったら片付けるって言ってたよな。いつやんの?」
「あの……明日……」
「明日!?あー、だから今日のうちにこれ移動したかったわけね」

こくこくと三春が頷く。
太陽光発電機は、重さよりも持ちにくさが問題だ。うっかり落として壊したなんてなったら悲惨だし。

「置く場所はお前の部屋でいいの?」
「う、うん」
「よし、じゃあ行くか」

俺はバッテリーのほう、三春にはパネルを持たせた。その他の周辺機器は後回し。
そんなわけで図らずも三春の部屋に初訪問することになった。ところがリビングスペースは普通だったのに、自室の様子がヤバかった。
壁一面肌色――これが際どい水着のグラビア美女だったらどんなに良かったか。
……どうして際どいビキニパンツのボディビルダーのポスターがベタベタ貼ってあるんだ……。
なにこの圧迫感。暑苦しいし怖ぇよ。
エアコンの温度を三度くらい下げたくなったが、バッテリーを置いたあとあえてポスターを指差した。

「……三春、こういうの好きなの?」
「か、かっこいいなって」
「かっこいい……」

男の中の男に憧れてるってのはダテじゃなさそうだ。自分とかけ離れた存在に惹かれるっていう心理なのか?
部屋中を取り囲む、むっちりした兄貴たちの笑顔が息苦しくて早々に部屋を出ようとした。が、その前にTシャツの裾をクイッと引かれて足が止まる。

「三春?」
「あのおれ……ほんとは、その……運ぶの、あ、明日でもよかったんだけど」
「?」
「り、リヒト君と二人でおは、お話……したくて……」

振り向くと、三春の空色の瞳と真っ直ぐに目が合った。全身が固まる。
似てない、何もかも。容姿も声も性格も三春は何も似てない。ただひとつ、いつでも少し潤んでいるようなその瞳の色だけが恐ろしいほど酷似してる――深鶴さんに。

「……リヒト君?」

僕のリヒト、とあの人はよく言っていた。俺はそう言われるたびに嬉しくなった。
名前を呼ぶ、その言い方も似ているような気がしてきて眩暈がした。
けれどそれも一瞬で、ハッと我に返って視線を斜めにずらした。

「あ……ああ、悪い。何?」
「あのね、その、おれずっとこうやって仲良く……あっ!な、仲良くってずうずうしい?ごめんね、でもあの、リヒト君が好きだから……って、へへ変な意味じゃなくてっ、と、ともだちとしてっ!」

三春が耳まで真っ赤になりながら両手で顔を覆い、また俯いた。空色の呪縛が解けると肩の力が抜けていく。

「……俺はお前のそーゆーとこ、けっこう好きだけど」
「ふぇっ!?」
「なんかまっすぐっつーか、一生懸命でいいよな」

この人馴れしてない放っておけない感じ、実は執行部以外にも可愛がられてるんじゃないかって気がする。主にハムスター好きのヤツに。


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