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次の日も朝は仁科と並んで登校した。
前日と同じくいびつな手繋ぎながら、俺が指を内側に曲げればヤツは機嫌良く笑った。
続けて昼飯も誘われたが、昼休みのたびにうちのクラスに来られると面倒だから、俺が仁科を迎えに行くことにした。
S組教室前の廊下には各役員の親衛隊員らしき生徒が何人かいて――それはそれで場違い感がものすごかったが、このほうがまだマシだった。

思うに、俺たちは順番が間違ってたんだろう。本来ならこういう健全なところからはじめるべきで、一足飛びで色々経験したのはまずかった。
萱野には一応「こういう個人の誘いって親衛隊的にどうなの?」と聞いてみた。その回答は「仁科様のご意向に従うだけ」。
つまり仁科が嫌がらない限り好きにしろってとらえ方でいいんだよな?
一年のときとは違って明確に好意をもって誘ってるわけだから、いずれにしろどこからかやっかまれるのは承知のうえだ。



かくして四日間のテスト期間が過ぎ、問題が解けた解けなかったで悲喜こもごもありつつも、だらけた週末がやってきた。
今学期目立った行事といえば、あとはテスト返却とクラスマッチがある程度。だいたいの生徒は夏休みを待つだけだから緊張感のかけらもない。
ご多分に漏れずテスト明けの開放感に浮かれた俺は、土曜日の今日、龍哉と一緒に学園の外に来ていた。

土日祝日は近場の主要駅と学園間をシャトルバスが定時運行している。このバスは学園専用で、学生証があれば乗り放題。
利便性の高さを重視するならハイヤーもあるが、手配の手間だとかを考えるとバスのほうが手っ取り早い。執行部の皆様方なんかはそっちを好んでいるらしいが。
ともかく、俺と龍哉はバスを利用し駅から電車に乗り、買い物がてら遊ぶため繁華街に出た。千歳は早朝から部活だったから二人で。

龍哉が吹奏楽部で使う消耗品類を買いたいっていうから楽器屋に付き合い、俺も服や雑誌がほしいから店を見てまわった。
買い物を終えたあとは行きつけのアミューズメント施設に向かった。ゲームやビリヤードとか、ボウリング等々各種遊戯ができるとこ。
しかし、千歳がいないとアクティブな遊びをしないインドア派な俺たちが何をするか――それは卓球だ。

二人でここに来るとだいたい卓球。いや楽しいんだって、これが。
千歳が混じると本気の試合になっちまうから、話しつつダラダラしたラリーができる龍哉との卓球は好きだ。
館内全体が混んでるにもかかわらず、台がちょうどひとつ空いてたのはラッキーだった。

「……で、理仁。いつまで特別寮にいるわけ?」

龍哉のラケットから放たれたボールが、カコン、と一度跳ねてこっちまで飛んでくる。それを打ち返しながら曖昧に唸った。

「あー……夏休みまでって言ってた。仁科が」
「仁科が?」
「うん」
「ふーん。じゃあもうすぐだな」

そう、もうすぐ今の同室状態も終わりだ。仁科は「それまでに変わらなかったら、これで最後にする」と言っていた。
あいつは変化を望んでるような口ぶりだった。けれど『変わる』ってのは何を指してるんだろう。俺の気持ち?何かの状況?
考えている間にもラリーは続く。周囲の喧騒に混じって、カコン、カコン、とリズミカルな音が響いた。

「結局、なに?お前らって今度はちゃんと付き合ってんの?」

相手コートに向けて打ち返したはずが、手元が狂って中心のネットにボールが吸い込まれた。
台から転がり落ち、コン、コン、と床で跳ねはじめたピンポン球を捕まえる。手の中におさまったオレンジ色の球を指で転がした。

「……や、そういうんじゃないような……」
「なんなのお前ら?はっきりしないな」
「そりゃまあ、俺はアレでも向こうがな」

自惚れと言われてもいい、俺は仁科に相当好かれてるんだろう。しかしその好意は、あいつの幅広い愛情のうちのどの程度を占めてるのかは測れない。
現状、仁科は誰も部屋に連れ込んでないし自由奔放な恋人付き合いもしてないらしい。何か理由があるにせよ、それを知って嬉しかったのは事実だ。
でもだからといって仁科を縛ろうとは思ってない。ああいう緩い性格だから好きになったんであって、俺のために変われと要求するつもりはなかった。あいつの辞書には浮気っていう文字すらなさそうだし。
そんなわけで、付き合うとか付き合わないとか、そういった括りで返答ができない。
ボールをコンと一回バウンドさせて龍哉に向かって打ち、ラリー再開。

「それにな、俺自身、仁科との『お付き合い』ってヤツがどうもピンとこねーんだよ」
「うん?」

龍哉の困惑顔が目に入った。返ってきたボールをラケットでまた打ち返す。

「たとえばさ、俺とあいつがこういう風に買い物とか遊んだりってのが想像できないわけ」
「…………」

龍哉や千歳と遊んだりするのは楽しい。だけど、だったら仁科と同じことをしたいか?って自問すると首を傾げてしまう。
これは気持ちを固めてからぶち当たった問題のひとつだ。そこまで意識が及ばないっつーか。
だってあの仁科だぞ?いまいち地に足がついたような想像ができないんだよ。一般的なお付き合いの枠に嵌めきれないとでもいうか。

「学校限定っつーの?登下校だの寮生活のことだったら色々考えられるんだけど」

ボールがカコン、コツン、と跳ねながら俺と龍哉の間を行き来する。龍哉は俺が打ちやすいように、俺も龍哉が返しやすいようにラケットを操る。
少し間を置いてボールと一緒に龍哉から言葉が届いた。

「だったら一回、二人で外に出かけてみるってのは?」
「だよな。俺もそう思うんだけど、どこに行くかってのも全然思い浮かばないわけですよ」
「はぁ……」

龍哉の呆れたような溜め息ともつかない相槌が聞こえた。
学園外のプライベートの仁科って一体どんな感じなんだ。休みの日は外で誰かとデートすることも頻繁にあったみたいだが、どんな場所に行ってたかは聞いてないし知らない。
知ってる気になってただけで分からないことだらけだ。

「あのさ、これでも俺なりに精一杯頑張ってるんだって」
「…………」

元カレとのあれこれのせいばっかりとはいえないものの、手順が下手だしどうしても迷走するきらいがあるのは自覚してる。それでも意固地に反発しなくていいぶん気持ちは楽だった。
デートか……――。
寮部屋にアクアリウムを置いてるくらいだから水族館は好きそうな気がする。
いっそのこと本人に聞いてみるか。そしたらまた俺の中で意識的なものが変わるのかもしれないし。

帰ってからのことをぼんやり考えていたら、突然、龍哉がスマッシュを繰り出してきた。
慌ててラケットを構える。ところがボールはラケットの端に当たり、あさっての方向にすっ飛んでいった。
ガチのラリーは最後の締めって決めてるのに、前置きなしにやられると驚くだろうが。

「もーなんだよお前、いきなり」
「……そんな無理して進展しようとしなくてもいいんじゃないの」
「は?」

行方不明になったボールを探しながら文句を零すと、龍哉の硬い声が耳に入ってきた。
台の上にラケットを置く龍哉。その表情は思いのほか真剣だった。

「俺は嫌だからな、前みたいなのは」
「だからこうやってお前や千歳に相談してるんじゃねーか」
「……そうだな」

一人で抱えているだけだと俺は道を間違えるから。今のピンポン球みたいに、簡単に軌道が逸れておかしな方向へ飛んでいってしまう。
できることなら、俺だってもう二度と失敗したくなかった。


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