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秘密基地訪問でテンションが上がってたせいかそれほど感じなかったが、窓が閉じられた建物の中は息苦しいほど暑かった。
それを実感したのは物置から出たあとだ。外に出た瞬間に吹き抜けた風が妙に心地良くて、かなり汗をかいてたことに気付いた。
あごの下に滴る汗を手の甲でぬぐってると、三春がそわそわと体を揺らした。

「リヒト君、と、来れて……た、楽しかったっ!」
「うん、俺も色々面白かったわ。サンキューな、三春。てか、さすがにもう時間やばいよな?急ごうぜ」
「そ、そうだねっ」

スマホの時計を見てみたら門限の時間が迫っていた。
そういえば特別寮って門限ってあんのかな。かれこれ一ヶ月くらい泊まり込んでるけど気にしたことなかった。
普通寮にいるときと同じ感覚で九時以降は外に出ようと思わなかったし、それで特に不便なこともなかったから。
寮監らしき人がいる気配もなく、かといって施錠されないってことはないだろうが。まあ、もし特別寮に入れなかったら元の自室に戻るまでだ。

帰り道は二人して黙り込み、足早に歩いた。
三春は相変わらず俺の腕を掴んでるけど、俺はライトに照らされた足元を追うことに集中していた。
行きのときにはそれなりにあった人の気配も、今はほとんどなくなってる。
寮の前まで来て玄関の皓々とした明かりに包まれると肩の力が抜けた。
暗闇からの開放感で伸びをしたら、眠くもないのに大きいあくびが出た。

「んじゃーここで。俺、向こうだから」
「う、うん!あの……ありがと……っ!テスト、がんばろーね!おやすみ!」
「おーおやすみ。またな、三春」

別れ際に、三春の両手でギュッと手を握られた。
なにこれ握手?いまだに友達ってもんの距離感が掴めてないのか、コイツは。年は同じのはずなのに弟というか舎弟っぽいというか。
少し離れてからちょっと振り返ると、三春はまだ玄関前にいて俺に向けて小さく手を振ってきた。
苦笑しつつ俺からも振り返して、今度こそ特別棟に向かって急いだ。

九時ギリギリだったからどうなるかと思ったが、特別棟の玄関ドアは難なく開いた。
が、入った途端、予想外の人と鉢合わせてしまった。――寮の住人のひとり、青柳生徒会長だ。

「ん?志賀か?」
「こっ……んばんは、会長」

あんまりにもジャストなタイミングだったから、びっくりしすぎて声が裏返った。
生徒会長はポロシャツとチノパン姿だった。シンプルな私服でも溢れ出るカリスマ性だとか存在感が半端ない。
そんな会長の手にはじゃらじゃらと鍵束がぶら下げられている。

「危なかったな。いま閉めるところだったぞ」
「はぁ、遅くなってすいません。……って、ここの施錠は会長がやってんですか?」
「そうだ。戸締りと安全確認は俺の仕事だからな」

特別棟は自治で会長が寮監役も兼ねてるのか。どうりで他の住人の姿がないわけだ。
そして一般生徒立ち入り禁止にもかかわらず、俺がさも当然のように住人ヅラできているのは仁科の手回しのおかげだ。どんな理由で承認させたのかは知らないが。
ともかく滑り込みセーフだった俺が部屋に戻ろうとしたそのとき、玄関の施錠を完了した会長に呼び止められた。

「ああそうだ。ちょうどいい志賀。俺について来い」
「はい?」

いきなりついて来いとか言われてもわけ分からん。
しかし青柳様の命令を断るのも気が引けて――いや、断ればものすごく悲しい顔をしてすんなり引き下がると思うが――とりあえず彼に付き従った。
階段をのぼり、連れて行かれたのは生徒会室だ。元通りに修理されたドアはぴったり閉じられている。テスト前だから放課後の委員会活動も停止中だけど。
会長は、束の中からひとつ取り出して鍵穴に突っ込んだ。
真っ暗な生徒会室に明かりがつく。秘密基地と違ってLEDのシーリングライトだ。

「えーっと……何の用ですか?」
「これを仁科に渡しておけ」
「仁科?」

会長は、会計デスクの上に置かれていた黒の手提げ紙袋を俺に押し付けてきた。
口が閉じられてなかったから中が丸見え状態だったんだが、ビニールラッピングされた服の上下が何着か入っていた。
ていうかこれ、超見覚えある。学園指定のジャージだ。

「なんですかこれ。あいつの忘れ物?」
「購買部に注文しておいたのがこっちに届いてな。Sクラス用の在庫がなくて取り寄せになったが、まあ、クラスマッチには間に合って良かったな」
「……はい?」
「これで今学期二度目だぞ。体育祭のときは別のものでも許可してやったが、これ以上なくさないように志賀からもあいつに注意しとけ」

ジャージはカラーもデザインも全クラス共通だけど、Sクラスだけはそこにプラスで刺繍入りの特注だってのは知ってる。
でもそれ以外の、会長に言われていることの意味が本気でわからなくて混乱した。
萱野ならわかるのかもしれないが、あいにく俺は仁科様のお世話係じゃない。

「体育祭って……あのときたしかアイツ、学園指定じゃないジャージ着てましたよね。それって――」
「なんだ、知らなかったのか?体操服をなくしただとか体育祭直前に言ってきたから、自前のもので許可したんだが」

あのとき仁科はファッションで自前のジャージを着てたわけじゃなかったのか。着飾るのが大好きなアイツのことだから、てっきり自分の好みを貫いてるのかと思った。
しかも二度目?
なんだろうこのモヤモヤは。不意に手に力が入って、紙袋がグシャッと潰れる音がした。
それ以上何も言えないまま生徒会室をさっさと追い出された。
会長たちが頑張ってた秘密基地見てきましたよって世間話でもすればよかった。そう思ったのは仁科の部屋の前に来てからだった。

ドアの鍵は、開いている。
極力音を立てないように中に入り、おそるおそるリビングを見回してドキッとした。
テレビもついてない静かな室内。アクアリウムの前に仁科の背中がある。
――いつかの夜みたいに、仁科は、水槽を見下ろしながらじっとたたずんでいた。


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