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あ、と三春が短く声を上げる。俺も、ライトが上向きなるようスマホを掲げた。喋っているうちに目的地に到着したらしい。
暗くて全体像は見えにくいが、目の前にあるのはログハウス風の木造の建物。これが老朽化した廃物置――三春たちの秘密基地だ。

風合いがあるといえば聞こえはいいが、こんな夜中に見るとホラーハウスさながらの寂れっぷり。
『ゾンビに追いかけられているうちにたまたま見つけた隠れ場所』って表し方がぴったりだ。しかも隠れて安心した直後に窓から襲ってくるやつな。
物置の周囲には立ち入り禁止のカラーコーンとバーが張り巡らされている。これは新しいから、たぶん風紀が置いたんだろう。
それほど大きくない建物を半周回りこめば、立て付けの悪そうなドアがあった。

「つかこのドアどうやって開けんの?鍵とかは?」
「か、かかってない……」
「マジで?」

てっきり鍵は執行部が管理してるのかと思ったんだが、違うのか。そもそも、旧物置の戸は錆びていて開かないってのが生徒間になんとなく広まっている共通認識だった。
ためしに取っ手を握ってみたが、押しても引いても開かない。

「んっ……んん?いや開かねーじゃん!」
「お、おれに任せてっ」

何故だか急に生き生きしはじめた三春は俺の脇をすり抜けて、ドアの取っ手の根元を掴んだ。
ガコガコと左右に振ったり何度か軽く持ち上げて、少し浮かせたまま手前に引いた。
するとなんということでしょう、ギッと軋んだ音をたてながらドアが開いたではありませんか。

「おおーすげー」
「こ、コツがあるんだ……っ!」
「そーなの?それあとで俺にも教えて」
「うん!いいよ!」

コツは後回しでとりあえず中を見てみたくて、興味津々で三春のあとについて中に入った。
――そう。俺がここまでついてきたのは、三春ひとりだと心配だからってのは理由の半分で、もう半分は一度見てみたかったからなんだよ。千歳や執行部が力を注いでた秘密基地ってやつを。
三春が壁に手を当てると、急に中が明るくなった。しかし明るくなったといっても古い電球灯がついただけだった。ジー……という変な音がする。

「この電気もお前らが設置したの?」
「ううん、これは元からの」
「へー?」

物置の中をぐるりと見回した。
少し埃っぽい気はするが、外見に反して中は綺麗だった。暖炉こそないものの、カーペットや木製の家具が北欧テイストの内装になってる。
木椅子に置かれたクッションとカーテンが同じ柄ってことは、秘密基地仲間の誰かが作ったものなんだろう。
おい、思った以上にずいぶん本格的な隠れ家だな。

「お前らマジすげーな。こんなん全然廃物置じゃねーじゃん。つか、このまま何かに使えばいいのに」
「でも……この建物、け、けっこう壁も床も腐ってて……一応補修してみたけど、やっぱり危ないし、使い続けるのは無理かも」

なるほどな。そういう事情もあって執行部側は風紀の言い分にすんなり従ったわけか。すぐに頷くのは癪だからしばらく粘ってただけで。
千歳は細かいとこに頓着しないから、あいつからそのあたりの実態を聞いたこともなかったが。
それにしても、三春がずいぶん楽しそうにしてる。喋り方がたどたどしいのは変わりないけど張りのある言葉がポンポンと出てくる。

「んで、三春の忘れ物は?」
「あ……そこ、それ」

三春が指差したのはコードがいくつか飛び出てる箱だ。なかなかでかい。そのそばにインバータとスマホ充電用のコネクタがあった。
充電器を回収する三春の隣で、俺は箱をしげしげと眺めた。

「なにこれ?車とかバイクのバッテリー?」
「うん、あの、太陽光発電。おれが作った……」
「三春が!?マジか!」
「こ、こういうの、好きで。うまく使えるかどうか、おれの充電器で試してたとこで……。でも体育祭のあと、そのまま置きっぱなしにしちゃってたんだ」

続けて「今はパネルとか配線はちゃんと外してあるよっ」と付け加える三春。
いや、こんなのを自作しようって発想がびっくりだわ。三春はことごとく俺のイメージを裏切ってくれるな。いい意味で。

「お前すげえな……って俺、さっきからすげーすげーしか言ってねーわ」
「た、たいしたことないよ。みんなも手伝ってくれたし。でもこれ、どうするかまだ決めてなくて。捨てるのも悲しいし、寮で蓄電しても意味ないし……」

言葉尻が弱まるとともにだんだん肩を落としていく三春。潤みはじめた目をパチパチと瞬かせている。
秘密基地の取り潰しに了承したとはいっても、実際のところ相当心残りなんだろうな。

「なんかホントもったいねーよな。……つか思ったんだけど、風紀的には『物置だけ』が元通りになればいいんだよな?」
「え?」
「だからさ、ここにあるもの全部処分することねーよ。せっかく作ったんなら生徒会とか学園祭で使えばいいじゃん。お前実行委員なんだし、使えそうなとこあったら提案してみたら?」

そう言うと、三春は一転笑顔になって両手でこぶしを握った。

「そ、そっか……!な、何かに活用できるかなぁ?あっ、だったら、ちょっと改良しようかな!?」
「まあ持ち帰るにしても今は無理だな。これ持って夜道はちょっと。移動させるなら俺も手伝うからさ、そんときは声かけろよ」
「ほ、ほんと?いいの……?」
「言うだけ言って放りっぱなしってのも気持ちわりーじゃん」

言いながら無駄に完成度の高い他の家具類を見て回ってたら、三春がうしろから俺の腕をそっと掴んだ。
振り向くと、三春が俺を見上げていた。電灯の暖色に染まったきらきら光る金髪が視界に映る。

「……リヒト君、や、優しいね……」

ほっぺたを真っ赤にしながらいかにも「感激しました!」って表情をするから、むず痒い気持ちで三春の肩を叩いた。


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