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うちの学園祭は一般公開はしない。不特定多数の怪しい人間が入り込んだら色々とまずいので、来校できるのは学園関係者に限られてる。
中等部の生徒はもちろんのこと、OB、在校生の二親等以内の親族なんかがこれにあたる。
だから当日も男比率が高く、女子目当てにはりきろうなんて気は端から起きない。むさ苦しく盛り上がって楽しめればそれでいいんだよ。地味上等。

「つか、お前だって部活忙しいんだろ?この前、予選通ったって言ってたじゃん」
「まあな」

一気に得意満面の笑顔になる千歳。地区予選くらいなら余裕って言いたいらしい。
オタ活動に精を出してばかりいるように見える千歳だけど、練習は真剣にやってるし、成果に結びつかずタイムに伸び悩んでいた時期もあった。
そういうものを積み重ねてきたからこその自信だ。

話してるうちにアイスはすっかり棒の状態になっちゃって、平べったい木のそれを口の端でガジガジと噛んだ。
こうするとアイスの甘味がまだ感じられるような気がする。アイスもう一個買ってくればよかったなぁ。

「練習、頑張れよ。大会は俺も応援行くし」
「……つーか理仁、時間いいのか?」
「えっ?もう寮閉まる時間?」
「まだだけど……ほら、仁科が何か言わない?」

千歳がぽつりと仁科の名前を出した。
本当にいきなりだったから驚いてアイスの棒を落としそうになった。落下する前に慌ててつまんで口からはずす。

「な、なんで?別に何も言われねーよ」
「まあなんつーか、龍哉が動かない限り俺はお前らのことに首突っ込む気はないけどさ」

あ、そういうこと。龍哉経由で色々聞いたわけね。俺の仁科への片思いっぷりだとか、深鶴さん絡みのことだとか。
仁科の部屋に住み込むようになったことを伝えたとき、千歳は「わかった」と頷いたきり詮索してこなかった。
暑苦しく追及されることを覚悟したわりにあっさりしてたから、俺もそうなるに至った事情なんかは特に話してなかった。
いくら俺らの仲とはいえ龍哉はむやみに言いふらすようなヤツじゃないし、千歳が強引に聞き出したんだと思うが。
少し迷った末に、溜まった唾をごくりと飲み込んだ。

「千歳、ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「……好きってどういうことだと思う?」

言ったあとにカッと顔が熱くなった。ずっと避けていた柄にもない相談事を口にしたせいで、落ち着かずに足が小刻みに揺れる。
アニメの音に紛れた突拍子もない質問に千歳が目を丸くした。笑い飛ばされるかと思ったが、千歳は神妙な顔つきで口元に手を当てた。
話の流れで恋バナだって察してくれたらしい。

「うーん……そりゃ、一概にこうって答えはないんじゃねーの」
「だよなぁ」
「俺の主観でいいなら、だけど――」

千歳はアイスの棒をゴミ箱に投げ入れたあとにアニメを停止し、テレビも消した。部屋が一転して静かになる。
手を組んで体を屈めた千歳が俺のほうに顔を向けてきた。

「性格がいいからとか外見が整ってるからとか趣味が合うからとか金持ってるからとか性欲が反応したらとか、判断基準は色々だけどさ」
「うん」
「性格の良し悪しは自分にとっての損得だったりするし、見た目の好みなんて千差万別だし、同じ趣味でも程度によっては許容できないこともあるし、経済格差が原因ですれ違うことなんていくらでもあるし」
「……うん」
「性欲なんてもっとアテになんねーよな。え?ここで?っていうタイミングでエレクチオンすることなんてザラだし」

エレ……今なんて言った?流れ的に「ムラムラする」とかって意味?こういうときに謎の専門用語はやめてほしい。マジで。
なんともいえない微妙な気持ちで黙っていたら千歳は勝手に話を続けた。

「つまりさ、考えるだけ無駄無駄!好きだと思ったら好き!で、いいじゃん」
「はい?」
「小難しいことは一切ナシ!フィーリングが第一!……と、俺はそう思うね」

さんざん前置きしておいてそれかよ!
だけど、脳筋の千歳らしい単純明快な答えだ。緊張感が緩んでつい笑いが漏れると、千歳も爽やかに白い歯を見せた。

「好きになった理由がほしいなら後付けのこじつけでいいし、あとから気付くことだってあんじゃん」
「理由、か……」
「俺としては、好きに理由なんて必要ないと思うけどな」

深鶴さんと違うから、キスが気持ち良かったから、仁科の発する色気に傾いたから――いくら考えてみてもそういう細かい理由しか思いつかない。
ドラマチックでダイナミックな恋心なんかじゃなく、本当のところ親衛隊の子たちと同じで、仁科様にキャーキャーする感覚に近い。

「……いやマジメな話、理仁は前に――ほら、元彼の人となんだかんだあったから、気持ちの持って行き方を分かんなくなってんのかもしんねーけど」
「…………」
「失敗したくなくて消極的になるのも分かる。でも、恋愛が必ずしも熱くて純粋で綺麗なものじゃなきゃいけないわけじゃねーし、むしろだいたい格好悪いもんだろ」

千歳は、呆然とする俺の手からアイスの棒を取り上げてゴミ箱に投げた。ナイスシュート。

「てか、仁科の下半身のユルさが嫌ならいっそハッキリ言ってみたら?」
「や、うーん……」

偉そうに説教できるほど俺の貞操観念もあんまり誇れたものじゃないけど。
それに、千歳は知らないみたいだが、仁科は今ストイックな生活をしてるらしい。
それは何のため?……誰のため?
腕に当たるクーラーの風が急に薄ら寒く感じた。
考え込んで黙ってしまった俺の横で、千歳は小さく息を吐いた。

「――とまぁ、以上が二次元しか愛せない俺の意見なわけだけど」

口調を一転させて千歳が冗談っぽく言う。それを笑う気にはなれなくて、目を瞬かせながら俯いた。

「なんか……情けねーな、俺。自分でこんなことすら考えられないって」
「それはある意味しょうがないだろ。お前が悪いってことはねーよ。まあ、もし失恋したらいい子紹介してやるからさ」
「二次元限定だったら遠慮します」
「えっ、それ封じられたら俺しかいなくね?」
「なんでお前が生身代表なんだよ」

どうして三次元の選択が千歳オンリーになるんだ。どんだけ自分に自信があるんだよ。
コイツ、心底残念なイケメンだ。二次元嫁にしか興味がないあたりも含めて。
わりと本気で言ってるっぽい千歳に引きつつ、それでも真面目に答えてくれたことに照れ臭く思いながら「さんきゅ」と礼を言った。


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