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中等部のときの仁科は入学式当日から有名だった。そりゃあそうだ、だって、新入生代表の挨拶をしたのが仁科だからだ。
制服を緩く着崩し、すでに髪を明るく染めていてピアスまで空けてた仁科。今より髪は短く、ピアスも両耳にひとつずつだったが、それにしても驚いた。
私立校って緩すぎ――というのが仁科を目にして真っ先に浮かんだ感想だった。俺のほうは、パリッとした新品の制服をネクタイまできっちり締めたってのに。
とにかく、受験して公立から来た俺にとっては最初の衝撃だった。

そして、同級生になったばかりの周りの美形揃いっぷりにびっくりしたが、仁科はその比じゃなかった。
ただ美形なだけじゃない、等身のバランスが理想的だ。完璧すぎて目の錯覚かと思うくらいに。
今まで見たことがなかったスゲーものを目の当たりにすると、人ってのは真っ先に自分の脳を疑うらしい。あれは現実なのかなんなのかって。
そう思うのは俺だけじゃなかったようで、周囲もざわざわとしていた。

ところがその本人の口から出てきたのは、気が抜けるような間延びした挨拶だった。
喋ってることは立派なのにどうにも格好がつかない。
でも、そういうちょっと抜けてるところが親しみやすく感じられたし、それで骨抜きになった生徒も多かったんじゃないかと思う。

そのあとも、ときどき遠目に見ることはあっても仁科のことは噂でしか知らなかった。
聞こえてくる噂は、よくもまあ方々から恨まれないもんだなってくらいのヤリチン男っていうのが主だった。
だんだんとこの男子校の風潮というか空気に染まっていた俺も、その噂を聞き流すくらいには毒されていたわけだけど。
クラスは違うし接点なんてなかったし、同じ寮で同じ学校に通っていながらガラスの向こう側にいる人間っていう印象が強かった。

当時の俺にとって仁科は、この先絶対に関わることのないヤツであり、別世界の存在でしかなかった。
アクアリウムのガラスの向こう側みたいに、ふわふわと揺らめく水中世界を見ているような――。





――学園祭実行委員集会から日が経ち、七月に入った。
夕飯を済ませたあとに、俺は千歳の一人部屋に来ていた。

「よ、千歳」
「おー」

先に連絡しておいたから勝手にドアを開けて中に入ると、クーラーのきいたリビングの真ん中で、千歳がこっちを振り返らないままおざなりな返事をした。
千歳はテレビに釘付けで、画面には目まぐるしい映像と忙しない音が流れてる。
いつ来てもいつも同じアニメ見てるようにしか見えないんだけど。……って言うと「全然違いますぅ」とクソ面倒くさい講釈がはじまるので黙っておく。

「お前、勉強は?テスト明日からだろ」
「だったら今からやっても意味なくね?」

千歳は言いながらリモコンを操作して映像をチャプター画面にした。もう一度同じ場面が流れる。
なんとも羨ましいご身分だな。

「そういう理仁はどうなんだよ」
「息抜き」
「それ確実に俺が勉強してねー前提で来てんだろ」
「合ってんじゃん」

持参した二人分のアイスをテーブルに置きつつ千歳の隣に座った。
スポーツ特待生は、ある程度の成績優遇をされてる。多少テストの点数が悪くても目を瞑りますよってことだ。もちろん、大会でいい成績をおさめなきゃ特待制度は剥奪されるが。
だから千歳も今回のテスト勉強なんて絶対やってないだろうと思ってこうして遊びに来た。
千歳がガサガサとビニール袋の中のアイスを物色する。アイスバーを二本取り出すと、ひとつを俺に差し出してきた。

「A組、学園祭の出し物決まった?」
「全然まだまだ。アイデア出し段階」
「……つーかあの二人で進行つとまんの?」

三春と若林という二大コミュスキル欠如男子が、クラスでどんな感じなのかを想像すると不安しかない。
案の定、千歳が苦笑いを見せた。

「あーね。まぁでもそれなりにできてるから。基本若林が淡々と進めて、三春が出された意見を板書してって感じ」
「マジで?思ったより普通だな」
「若林は愛想ねーけど説明が端的で分かりやすいよ。三春は喋るの苦手っぽいわりに文章でまとめんのうまいし」
「へー……」

意外や意外。そういや三春のメール文章って日常会話と違って普通だったな。
それにしたって、千歳や滝あたりが率先してアイデア出してるんだろうなぁ。

「まあ無難に女装喫茶にでもなんじゃね?」
「それは無難なのか」
「男子校がコレやらなくてどうするよ」

定番ですけどね。去年もものすごい割合でクラスもクラブも女装企画だったけどね。あまりの競争率に生徒会で抽選したくらいだし。
日常的に女装してる副会長は変態だが、こういう特別な催しのときくらいはバカやっても許されると大多数の生徒が思うんだろう。そのクオリティも様々だが。

「理仁んとこは?」
「うちは占いかゲームあたりに落ち着きそーな感じ。それか去年みたいに研究発表」
「地味か!」
「地味なほうがありがたいんですけど」

委員業務でてんてこまいになるから、クラスの出し物が楽だと俺的に助かる。
龍哉も吹奏楽部の発表だのなんだのの練習で大変だから同じようなことを言ってた。
SやAと違って、B組は堅実なヤツが多いんだよ。


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