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集会終了後、田中先輩に優しく揺り起こされた。寝ぼけ眼で周りを見るともうほとんどの生徒が席を立っていて、講堂を出て行くところだった。
顔を上げたちょうどそのとき、人の流れに乗って、無表情若林とそのうしろに隠れているミニマム三春が近づいてきた。
若林に向かって軽く手を振ると、向こうも俺に気付いてたみたいでこっちに足を向けた。

「よー若林。お前、実行委員になったんだ?」
「うん。全然やる気なかったんだけどなりゆきで」
「なりゆきかよ。ってか三春も?」
「あっ……すごいやりたくて……」
「へー、お前のほうは立候補なんだ」
「う、う、うんっ!」

若林の背後に向かって声を掛けると、三春が頬を真っ赤に染めてコクコクと頷いた。親衛隊人気の中よくその座を勝ち取ったもんだ。
若林の言う「なりゆきで」の事情を聞いてみたら、どうやら三春の付き合いで委員に決まったらしい。
以下、難解な三春話術をかいつまんで要約。
せっかく執行部の愉快な仲間たちと仲良くなったのだからと、三春は委員決めの際に真っ先に手を挙げたそうだ。
あらゆる意味で問題児の三春とコンビを組むのはちょっと……と、他のヤツが遠慮したっぽい。その役目が若林に回ってきたわけだ。若林に厄介事を押し付けたようにも見えるが。
まあ、もう一人の愉快な仲間一味のはずの千歳は、夏に向けて水泳部のほうが本格的に忙しくなるし委員会なんてやってらんねーもんな。
それにしても三春が妙なところで行動力を発揮するのは、やっぱり変装なんかしてなくても本質的な部分がそうさせてるのか?

「えっとえっと、あの、り、リヒトくんも、……監査で?」
「まあな。俺らもなんだかんだ色々やらされるし、お前らの班の手伝いにも行くんじゃねーかな」
「や、やりたいな……!」

一緒に学園祭の準備頑張ろうね、って言いたいのか?相変わらずの謎会話だな。なんとなく言いたいことは分かるけど。
俯き気味でも両手で握りこぶしを作って気合が入ってるらしい三春だが、それってどう見ても女子の仕草。三春が憧れてるらしい雄臭ぇ野郎には程遠い。まあコイツはこれで違和感もないから別に指摘もしないが。
小動物観察よろしくじっと見下ろしていたら、不意にその小さい頭が上向きに動いた。
空色の瞳が俺を正面から捉えそうになったそのとき、反射的に、遮るようにして三春の頭を撫でた。「ひゃぁっ」と可愛い声を上げながら三春が再び俯く。
しかしそのとんでもないさらふわキューティクルヘアにびっくりした。驚きのあまり自分の髪を触って違いを確認しちゃったくらいに。

「しーがーちゃん!」
「うぉっ!」

自分の髪を撫でるという珍妙な行動をしていたその腕を唐突に引っ張られた。慌てて振り向くと、仁科が俺の腕をむんずと掴んでいた。さらにそれに付き従うようにヤツの一歩うしろに萱野の姿もあった。
いつのまに来てたんだよ、心臓に悪い。

「ねー俺もナデナデしてぇ」とか言いながら俺の手を頭に持っていく仁科。その急な接近に思いっきり動揺した。カッと顔全体が熱くなる。
周囲からじろじろと視線が集まったから、慌てて掴まれた手を振り払った。

「するかアホ」
「志賀ちゃんつめたーい」

へらへら笑った仁科は、まるでエスコートでもするように俺の肩を抱いてきた。
どうも仁科が苦手らしい三春はじりじりと数歩あとずさってる。そういえば、仁科から三春と仲良くするなとか言われてたんだっけ。

「あ〜疲れた〜!志賀ちゃん、もぉ帰ろ」
「ちょっと待て、お前このあと執行部の会議あんじゃねーの?」
「ないよ。明日明日、ぜーんぶ明日。だから早く帰ろー」

その言葉を疑って萱野を見やると、仁科様親衛隊長は品良く頷いた。本当のことらしい。
仁科は若林と三春に「バイバイ」と手を振って、俺を歩くように促した。
肩を抱かれたまま講堂を出る。出待ちをしていた生徒に愛想を振りまく仁科に付き合いつつ、これって仁科様親衛隊に恨まれる行動じゃねーか?と、ちょっと心配になった。
だけど、若干こっちに寄りかかるようにして肩を抱いている腕から抜け出すのは難しい。こういう、人をさりげなく絡め取るようなやり方はさすが巧みの技って感じがする。
そうして仁科の歩調に合わせる形で歩いてる途中、耳元でそっと囁かれた。

「……志賀ちゃん」
「な、なんだよ」
「東堂君とあんまじゃれないでね」
「は?じゃれてねーし。話すくらい別にいいだろ」

それ以上何も言わずに仁科がますます寄りかかってくる。
あの空色の瞳を、仁科は知っている。仲良くするなっていうのはそのことを言ってるんだろうが……。そもそも仁科は俺とあの人の関係を一体どこまで知ってるんだろう。
でもそれを聞くのは怖い。正直なところ、あれだけのことがあった元カレのことなんて自分から話したいわけがない。

「つか、お前どうして三春のこと東堂って呼ぶんだよ」
「えぇ〜別に、なんとなく?みはるって言いにくいしぃ、とーどーのほうが語感良くない?」

たかが語感の良し悪しで離婚した親の姓を呼ばれ続ける三春に同情するわ。
ダラダラ話しながら講堂から特別寮への帰り道、カバンを監査室に置きっぱなしだったことを思い出した。そう言うと、萱野が「僕が取ってくるよ」と引き止める間もなく去って行った。
おいおい、仁科様親衛隊長が俺のパシりになっていいのか。親衛隊ってのはそうやって周囲まで甘やかすのがお仕事なのか。ダメ人間製造システムかよ。

特別寮の前まで来ても仁科は俺の肩を抱いたままだった。夏服になったとはいえ、こんなに密着してると超暑い。
部屋で二人きりのときにはしないくせに、よりによって人目につくようなやり方しやがって。心中複雑だ。

「……なあ」
「なに〜?」
「最近お前、萱野以外の親衛隊の子とか部屋に来ないけど。何かあった?」
「何かって何?」
「いや……なんつーかこう……」

同じ男として「インポにでもなった?」とは、冗談でも言い難いからゴニョゴニョと言葉を濁す。すると仁科が小さな笑い声を上げた。

「最近だけじゃないよ」
「え?」

思わず足を止めると、仁科はあっさりと肩から腕をはずした。見上げた先でカラコンの入った瞳と視線がかち合う。
まさか、俺が泊まり込む前から萱野以外部屋に上げてないってのか?

「いつから?」
「う〜ん……こっちに引っ越してから?」
「マジかよ……」

それは初耳だ。

「……なんか、お前らしくねえな」
「俺らしいってどういうこと?」
「それは――」

チャラチャラしてて、男も女も節操ない遊び人で、だけどそのぶん分け隔てなく愛情を注ぐ。みんなを愛し、そして誰からも愛されるヤツ――それが俺の認識してる仁科だ。
そう言おうとしたのに何故かうまく言葉に出来なくて、結局黙り込んだ。


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