114


アクアリウムの水底に沈められ壊れたスマホが俺の手元にあることを、仁科に言い出せないまま登校時間になった。
どうしようか考えた末に、とりあえずデスクの引き出しにしまいこんだ。
忽然と消えたそれの行方を仁科から聞かれるかと思ったがそういうこともなかった。

もしかしたら仁科は、あのスマホをもう『ないもの』として考えてるのかもしれない。
昨夜の様子からしてあのスマホは本当に不用品みたいだった。どこに消えていようとどうでもいいって感じで、アクアリウムをちらりとも見なかったくらいに。
逆に仁科の立場になって考えてみれば、俺にいきなり「水没したスマホはどこ?」って聞くのもおかしな話だ。
そんなわけでとりあえずこの件は、あいつから聞かれない限り保留にしておくことにした。

そのあと仁科様と並んで楽しく登校――は、しなかった。仁科は萱野を伴って先に出ちゃったからだ。
てっきり一緒に寮を出るのかと思ってたから肩透かしを食った。
貸与不可のはずの鍵は、今日も俺に預けられたままだ。

「ひどい顔だな、理仁」

校舎に入る直前、待ち構えていたらしい龍哉に捕まって、おはようを言う前に心配された。
自分でもそう思う。ちゃんと眠れてないうえ、萱野が作ってくれた朝飯もほとんど食べられなかった。鏡に映った自分の顔は呪われてんのかってくらい薄気味悪かったし。

「何かあった?」
「あったようなないような」
「……お前がムリそうなら、俺はどんな手使っても連れ戻すけど」
「おー頼もしーい」

こんな軽口が出る時点で「まだ大丈夫」と龍哉には判断されたらしい。
宥めるような手つきで肩をポンポン叩かれる。

龍哉と並んでの登校中、一歩踏み出すごとに俺は、仁科の部屋を出ない決意を固めていた。
理由のひとつには、スマホを隠したせいでなんとなくうしろめたいものがあるってこと。
もうひとつは、あいつが何を考えてるのかが知りたかった。それから、俺があいつとどうなりたいのか、どうしたいのかも。

あいつに向ける恋愛感情は本物なのか、それとも深鶴さんの影響による気の迷いなのか。
そもそも好きだって自覚したのも仁科と寝てからのことだった。それは果たして本当に恋愛感情なのか?
「好き」っていうのは一体何なんだ。俺はまた気付かないうちに感情を他者の手でコントロールされてるんじゃないのか。

色々と思い出したことで自分の気持ちに自信が持てないでいる。自分で自分を疑ってやまない。
だから、もう一度あいつの傍で生活することで、この気持ちの正体を見極めたかった。


――そうしてどうなるかと思ってた同室生活だが、その後はびっくりするくらい何事もない生活が続いた。ただ帰る場所が違うだけでいつも通り。
親衛隊だのなんだのと散々脅されたわりに不穏な影なんかこれっぽっちもなかった。
俺は、二、三日くらいは挙動不審になってたけど、特別寮に帰ればだいたい萱野がいて、仁科と二人きりの時間があんまりないのもちょっと安心した。
ただ去年同室だった頃と違ったのは、前はあれだけ頻繁に連れ込んでいた仁科様親衛隊の子が一人も来ないこと。そして土日も仁科が学園に留まっていることだった。

同室だったとき、休みの日になると仁科は必ずといっていいほど学園の外に出ていた。
「外で何してんの?」と聞くと、ジム通いだとか、毎回相手が違うデートとか、買い物とか、家の用事で帰省してたとか、とにかく何かしら用事があって忙しそうにしていた。
そんなヤツが、ずっと外に出ない。部屋から出ないってわけじゃなくて、学園内のどこかにはいるけど敷地から出てない。

さらに気になることといえば、仁科は俺との接触を意識的に避けてるような気がした。
俺のほうも仁科に対して色々な意味で気まずいものがあるから助かるが、あいつとの間に見えない壁があった。
そうされてホッとしたようなガッカリなような――身勝手な俺は内心複雑だった。

だけどこのまま普通の友達に戻れるなら、そのほうがいいんだろう。
流れに任せて一回やっちゃったのはきっと何かの間違いだった。
一学期が終われば何もかもが落ち着く。そうすれば仁科との関係も緩やかに途切れるんだと、そんな風に思ってた。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -