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萱野が作ったバターチキンカレーと豆入りキーマカレーは絶品だった。
手作りナンとサフランライス、どっちで食べてもウマイ。タンドリーチキンも辛さがちょうど良くて三人でぺろりと平らげた。

特別室に寝泊りするにあたり、あんまり使ってないっぽい小部屋をあてがわれた。雰囲気的にゲストルームってとこか?備え付けの棚やデスクもあるし、俺が普段使ってる自室と良く似てる。
仁科と同じ部屋で寝るんだと思い込んでて内心ちょっと緊張してたから、肩透かしを食らった気分だ。

俺が風呂に入ってる間に萱野は食後の片づけをしてさっさと自分の寮に帰ってしまった。
それまで三人でいたからなんとなく話題にできなかったが、俺は頭の中で仁科の言葉の意味を何度も考えていた。
宿題を済ませたあとベッドにごろりと寝そべりながら、改めて今日言われたことを整理する。
ほとぼりが冷めるまでって、仁科は言った。てことは最近起こった何かに関係してるってことなんだろうな。

「最近……」

色々起こりすぎて見当がつかない。一番でかいのは体育祭だろうけど、その裏で起こってた賭けだとか、三春が転入してきたことによる様々な騒動もある。
その中で俺がピンポイントで被害に遭いそうなのっていったら……やっぱり体育祭の賭けか?
一応首謀者は全員納得済みの案件だと思ったけど、どこに恨みを感じるかなんて人それぞれだし。

いやいやちょっと待てよ。昨日仁科は「三春と関らないようにして」って言ってた。じゃあ三春関連?
三春は生徒会執行部や千歳、鬼頭、それと、間接的に風紀にも関わってた。どれも学園内じゃ有名人ばっかりだ。
一匹狼の不良・鬼頭と千歳の親衛隊は除外するとしても、ひと癖もふた癖もあるようなヤツらだ。
あれだけハデに学園中を騒がせてたんだから、俺が知らないだけでもっと色んなヤツとも関わってるだろうし。

仁科はシラタマの独自情報網を持ってるらしいから、何かもっと詳しく知ってるんだろうけど――。
やべ、混乱してきた。そもそも俺の知ってることが少なすぎる。仁科の言いなりになるのは癪だが、素直に従ってたほうが良さそうだ。

部屋の電気を消しても眠れなくてベッドの上を転がったりスマホをいじってみたりしたが、ますます目は冴える一方。
いきなり部屋が変わったり状況が二転三転したし、落ち着かないのは当たり前だ。
眠気が一向に来る気配がないから諦めて起き出してみたら、なんだかんだで深夜の三時になるところだった。

気分転換を兼ねて水を飲みにリビングに出ると、当然だが明かりは消えていた。でもアクアリウムの電気が皓々と光っていて、暗闇の中に小さな森が浮かび上がっていた。
水槽のおかげで十分に明るいからそのままキッチンに歩いていく。水をコップ一杯飲んで一息ついたところで唐突にガチャリと音がした。
物音がするのなんて、仁科しかありえない。
こんな時間になんとなく顔を合わせたくなくて、咄嗟にシンクの影に隠れた。やってから気付いたけど、別に隠れる必要なんてなかったよな。なにビクついてんだ、俺。

どうせ便所に行くとかそういうのだろうし、数分のことだと諦めてここでやりすごそう。
そっと顔を出して動向を窺う。でも仁科は便所には行かず、水槽の前で足を止めた。

スウェット姿の仁科はじっとそれを見下ろして、指でガラスの表面をなぞった。そこから動かずに、ただ、アクアリウムを見てる。
……何してんだアイツ?キッチンからじゃうしろ姿しか見えないから、ますます意味が分からない。

コポコポというエアレーションの音だけが静かなリビングに響く。
動きがない仁科に焦れて、いっそ声でもかけようかと思い始めたそのとき、突然、明るい音楽が鳴った。聞いたことのある――ああ、これ着信音だ。
仁科が、ポケットからスマホを取り出して耳に付けた。

「……こんな時間に超メーワク」

静かな声で応答する仁科は、いつもの陽気でチャラついた話し方とは温度が違った。低く、冷たい。

「そろそろやめてくんないかなぁ、こういうの」
『――――』
「……あれ、今日は話すんだ?ふーん?……うんまあ、俺もちょっとオハナシしたかったからね」

爪の先でこつ、こつ、と水槽を叩く仁科。
一体誰と電話してるんだ?言葉の端々からぴりぴりとした緊張感が漂ってるし、正直怖い。

「てゆーか、ルールが違くない?どーしちゃったの」
『――――』
「もしかして深鶴がなんか言った?」

仁科の口から深鶴さんの名前が出て反射的にビクッとした。相手は深鶴さん関係の、誰か?

「ほんっと……むかつく。深鶴も、あんたも」
『――――』
「理仁にこれ以上関わんないでよ」
『――――!』

通話口の向こうで、興奮したような喚き声が微かに聞こえる。
スマホを耳から離した仁科は――ゴールド色のそれを、躊躇いなく、アクアリウムの水に沈めた。


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