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仁科の自室に入ると、ほんの数分後に来客があった。俺らが帰ってくる時間を見計らってたのかってくらいにものすごいタイミング。

「仁科様、失礼します」
「いらっしゃい萱野ちゃん」
「萱野?」

仁科の言葉につい反応したら、笑顔の萱野が部屋に入ってくるのが見えた。なんだかすっげえ大荷物を持って。ていうか、細腕に抱えたそのバッグには見覚えがある。

「……なんで萱野が俺のカバン持ってんの?」
「これ、志賀ちゃんの着替えや教科書とかだよ。全部じゃないけど、とりあえず必要な分だけ持ってきたからね」
「えっ……いやいや、どうやって?」
「若林君に部屋開けてもらって、ちょっと志賀ちゃんのお部屋にお邪魔しちゃった。勝手に入っちゃってごめんね?」

そう謝りつつきまり悪そうな顔をした萱野。
別に変なものはないけど、や、普通にエロ本とかはあるけど、それでもプライベート空間に自分のいない間に他人が入ったってのはあんまり気分が良くなかった。
バッグを渡されたまま複雑な心境でいると、萱野はキッチンに入り黒いエプロンを付けはじめた。
仁科は萱野のそんな様子なんか慣れてるって顔してソファーにさっさと座った。

「お食事の用意しますね、仁科様」
「おねがーい」
「え、なに、食堂に行くんじゃなくてここでメシ食うの?」
「うん。萱野ちゃんの手料理おいしいよー」

今まで知らなかったが、萱野は料理ができるらしい。おまけに、ささっと手早くノンアルコールカクテルまで作るそつのなさ。
仁科が出されたグラスに口をつける。

「ほら、突っ立ってないで志賀ちゃんもおいでよ」
「……ああ」

昨夜と同じように仁科の対面に座る。テーブルの上に置かれたガラス皿には色とりどりのフルーツやマドレーヌだのが乗せられている。
俺も炭酸のきいたライム味のドリンクをひと口飲んで、気になっていたことを口に出した。

「……仁科。俺を守るって、どういう意味?」
「え?あぁ、さっきの?うーん」

どう説明すればいいかなぁ、とのんびりした声で一人ごちる仁科。

「志賀ちゃん、親衛隊は知ってるよね?」
「この学園にいて知らないわけねーだろ」
「それだよ」
「……は?親衛隊?」

マジかよ。今までそんなの全然なかったのに、急にどうして。自然と眉間に皺が寄る。
そんな俺に反するように笑みを浮かべた仁科が、フルーツ盛りの中から青味がかった小さいりんごをおもむろに手に取り、俺に向かってぽいと投げてきた。緩やかな放物線を描いたそれを難なくキャッチ。

「……親衛隊の制裁があるわけ?」
「まぁそんなとこ?かな」
「つか、俺のことなんだろ?なのにどうしてお前が首突っ込んでくるわけ」
「俺がしたいから。それじゃ答えになんない?」
「…………」

その制裁ってのもどの程度のことを指してんだ。ちょっと小突かれる程度なら……や、それでも泣くけど、ここまでされる意味が分からない。

「ちなみに聞くけど――てか、心当たりがありすぎてアレだけど、誰の親衛隊?」
「んん?志賀ちゃんがそれ知ってどーすんの?って感じなんだけど」
「どうするもこうするも、関わらないようにするだけだろ」
「それは無理じゃないかなぁ」

てことは、普通に生活してて切り離せないようなヤツってことか?
そういや前に萱野が、個人の親衛隊は危険な集団もあるって言ってたような気がすんな。

「……え、なに。役員の親衛隊とかじゃなくて、個人の?」
「ちょっと萱野ちゃーん!ほらぁ、萱野ちゃんのせいで志賀ちゃんが余計なこと考えちゃったじゃーん!」
「申し訳ありません、仁科様」

キッチンのほうから萱野の謝罪が聞こえた。あれか、もしかして萱野が仁科から謹慎受けたっていう、例の親衛隊の内情?
そんな寄るな触るなみたいな過激派親衛隊、俺だって絶対関わりたくねーよ。
風紀から監査に回ってくる強姦未遂だとか暴力被害の書類もそいつらの仕業だったんじゃないかと想像して、寒気がした。

「ってわけだから、ほとぼりが冷めるまで志賀ちゃんにはしばらく俺の近くで大人しくしててほしいの。オッケー?」
「大人しくもなにも、別に今までだって変なことしてねーし」
「……う〜ん……うん、ま、とにかくそーゆーことだから。お願いね」
「そういうことって……」

仁科を見上げると、ヤツは笑いながら果物の山からさくらんぼをひとつ摘み、艶めくその赤い粒を口の中に放り込んだ。


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