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龍哉は憤然とした表情のままペットボトルを揺らして、中身をちゃぷちゃぷと波立たせた。

「あんま言いたくないけど、仁科って気が多いっつーか簡単に他と寝るようなヤツだよな。お前がそれで構わないって感じだったから我慢してたけど、俺はそういうの、腹立つ」
「ちょっと待った待った。あのさ、あいつとはそういうんじゃないから、マジで」
「嘘言うなよ、理仁」

静かに断言されて背筋が伸びる。そういえば、龍哉に俺の嘘は通じないんだった。

「そりゃ……その、ちょっと、仁科のこと好きかもって思ってたけど」
「いつから」
「あー……春休みくらいから……」
「ふーん」

疑ってる目つきをされるけどこれは本当のことだ。
こんなところで恋バナ暴露させられてすげえ恥ずかしい。龍哉にこういうことを言えば絶対心配させるって分かってたから避けてた話題だったのに。
俺が誰かを好きになるとロクなことにならないから。
深鶴さんのことを好きだったのかといえば、今となっちゃ微妙な気もするが。あれはそういうのとは少し違った。

「あのほんと、それ以上はマジ勘弁してください。俺、いま結構ギリギリだから」
「なにが?仁科のことが?」
「そうです」
「仁科の部屋に泊まることになって、それで大丈夫なわけ」
「あー……うーん、あんまり」

机に突っ伏して額を押し付ける。
同室だったあの頃とは状況が違う。今になってあれと同じことをしろと言われてはいそうですかとは頷けない。
片思い中のヤツと一緒の部屋で寝泊りとか俺を殺す気か。生殺し的な意味で。

「じゃ、やめれば。別にムリヤリってわけじゃないんだろ?」
「そうしてーよ。けどなんか、仁科の様子見てたらできないっぽい感じがして……こう、外堀を埋められてるっつーの?逃げ道がない感じ」

ポケットを探って中身に触れる。硬い金属製のそれは、仁科の部屋の鍵だ。
失くさないよう後生大事に持ち歩いちゃってるあたり、俺はバカだ。惚れた方が負けとはよく言ったもんだ。
数分の沈黙のあと、龍哉が諦めたような嘆息を漏らした。

「……連絡は、ちゃんとしろよ」
「わかってる」

昼休み終了までまだ時間が余ってたが、監査室を施錠して職員室に鍵を返さなきゃいけないからそこで話を切った。

気だるい空気の漂う午後の授業を受けたあと、放課後には再び監査室に来た。
体育祭が終わり、それに伴う雑務は終わっているので監査委員も通常業務だ。
先に来ていたミネ君から元気のいい挨拶を受けて軽い世間話をしてると、ほどなくして田中先輩も来た。ついでになんか知らない人も。三年のバッヂをつけてるから先輩か。

「あれっ委員長、お客さんっすか!?」
「うん」

苦笑いする田中先輩と、俺らに向かって軽く頭を下げた見知らぬ先輩。俺とミネ君も会釈を返した。

「あの、ほら、体育祭のデート権。それで僕を指名した望月君」
「お邪魔するよ」
「……あっ!」

デート権と聞いて思わず大きい声が出た。
すっかり忘れてたが、椎名のほかにもう一人、俺を指名した人がいたのを思い出した。
食堂フリーパス券を届けに行かなきゃならないのに、肝心の物と該当生徒のクラスと名前が書かれているメモは寮に置きっぱなしだ。
俺がやっちまったと唸っているとミネ君が心配そうな顔をした。

「ど、どーしたんすか先輩」
「デート権で思い出した。俺の担当、一人忘れてたんだよ」
「明日でいいんじゃないっすか?デート権使うのってだいたい土日だと思いますけど」

俺もそう思う。でも目の前に平日にデート権使ってる人がいるし。
ちらりと田中先輩を見やると、先輩も同じことを思ったかのようにおっとりした困り顔で頷いた。

「望月は休みの日は忙しいから今日にしたんだって。だよね?」
「そうそう。田中にあんまり負担かけるのも嫌だし、放課後だけって約束で」

それはまた、なんとも欲のないことだ。
つーか二十四時間って指名したほうも結構大変だよな。現実的にまるっと一日ってことはないだろうけど。


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