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そのあと仁科と何を話したのかもわからないうちに朝を迎えた。
ていうか、気がついたら仁科のベッドで寝てた。目を覚ましたら広いベッドの上には俺一人だけで仁科の姿はなかった。
ぼんやりしながら周囲を見渡してからリビングに行ってみると、テーブルの上に俺のスマホとスクバが置いてあった。その傍らにはポールハンガーが置かれていて俺の制服がそこにかかっている。
……この通学セット、いつ俺の部屋から持ってきたんだ。

スマホを確認するとメールがいくつか入っていた。龍哉、龍哉、千歳、龍哉、若林、千歳、そのほかにも色々。仁科からはひとつもない。
時間も見てみたら――四時間目が始まってる時間だった。もう休んだ方がいいんじゃないかってくらい完全に遅刻。

開き直って急いで支度するのはやめにして、ふと部屋のアクアリウムを見た。窓から差し込む光の中で、水草が揺れる様が鮮やかな緑が風に揺れてるように見える。
そのときようやく気付いたんだが、雨は上がっていた。雲は多いがわずかながら陽も出てるし、今日はこのまま降りそうにない。

これ、部屋の鍵はどうするんだろ。まさか外に出るなってことじゃねーよな。もしそのつもりだったら制服一式置かないだろうし。
若干不安に思いながらもう一度通学セットのところに戻ると、スクバのそばに鍵が一本置いてあるのが目に入った。

「簡単に鍵託してんじゃねーよ、クソッ……」

鍵の貸与は規則違反だろうが。そして俺を共犯にすんな。
悪態を吐きつつ身支度を整える。ところが制服を着てるときにふと違和感を感じた。
ワインレッド地に白とネイビーのストライプが入った細いネクタイ――これ、俺のネクタイじゃない。
首元が絞まってるのがあんまり好きじゃないから、制服着用義務のある全校集会と服装検査以外、俺のネクタイはデスクの中にしまいっぱなしなのを思い出す。

ああ、見慣れた柄だと思ったら仁科のネクタイだ。手に取ると持ち主を主張するかのように甘ったるい香水がふわりと香った。
テーブルの上にそれを放り投げて、バッグを掴み上げた。

仁科の部屋を出て階段を下りる。
授業中だからか生徒会室の前も風紀室の前も人っ子一人いなかった。もちろん、室内から物音もしない。
静かな廊下は絨毯が足音を吸収しているせいで俺の存在すらないかのようだ。

不思議な感覚だった。俺がこうして無人の建物を歩いてることも、仁科の部屋から出てきたんだということも。
特別棟の玄関を出て空を見上げる。今日がうす曇りでよかった。もしも晴れてたら――。

俺はかぶりを振って自分の教室へと足を向けた。



学園に着いてみたらまだ授業中だった。教室の外で待ってると数分もしないうちに授業終了を告げる鐘が鳴った。
前のドアから出てきたのはA組担任の清水だった。やけにてらてらとした光沢のあるグレーのスーツに、頭頂部を盛ってガッチリ固めた金髪は今日も隙のないホストそのもの。

「うおっ!びっくりした。誰かと思ったら志賀か……今日休みじゃなかったのか?堂々サボりかよ」
「そんなとこです」
「そこは具合が悪くてとか誤魔化しとけよ。仮にも教師の前だろーが」
「つか、どうして先生がB組から出てくるんですか?」
「あー今日、勅使河原センセーが病欠したんでな。俺は自習監督」

清水は俺のクラスで英語を教えてないのに変だと思ったら代理で入っただけか、納得。
すると清水が手に持った教科書で俺の頭をバシンと叩いた。

「って!ちょっとなにすんですか」
「お前、マジで顔色悪いぞ。保健室行くか帰って寝てろ」
「別に体調は悪くないけど……」

ただ、気分が悪いだけで。
唇を引き結ぶと、今度はぐしゃぐしゃと頭を掻き回された。そのときドアがまた開いて、今度は慌てた様子の龍哉が姿を見せた。

「理仁!お前なにしてんだよ、メールくらい返せって……っ」
「わ、悪い龍哉、ちょっと色々あって」

龍哉に掴みかかられて揺さぶられているうちに、清水は「無茶はすんなよ」と一言呟いてからぺたぺたとサンダルを鳴らして職員室の方面へと消えていった。
教室から次第に人が出てきて一気に昼休みムードになる。

心配性の龍哉は俺の顔を覗き込んでしきりに安否確認をする。こいつがこんなに心配性になったのは、俺のせいだ。

「ごめん龍哉、ちょっと話したいんだけど。できれば二人で」
「いいけど。何かあったのか?」
「……かもな」

不恰好な笑みを浮かべて龍哉の腕を引っ張る。そして耳打ちするように顔を寄せた。

「お前、深鶴さん、覚えてる?」
「……忘れるわけないだろ」

一瞬息を止めた龍哉は、みるみる苦虫を噛み潰したような渋い表情になった。
まあ龍哉には色々と迷惑かけたからな。俺のモトカレのことで、色々と。


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