103


話の前後がつかめなくてぽかんとした。
なにをどうすればこいつの部屋で寝起きするって話になるんだ。
仁科が少し考えるようなフリをしたあとに俺の唇の端を指でなぞった。仁科の触れた箇所にピリッと痺れたような感覚が走る。

「ずっとじゃなくていいよぉ。そーだなぁ……夏休みが始まるくらいまで?」
「や、あの……なんで?全然意味わかんねんだけど……」
「明日からぁ、ここから学校に通ってねってこと。エキストラベッドあるし日用品とかも一通り揃ってるよ〜」

だから不便なことは何もないよと、俺の問いは無視して仁科が首を傾げながら笑う。
今更また同室の真似事をしろっていうのか。そこに何の意味があるんだよ。
それにしても夏休みまでってのはどういう区切りなんだ?
重ねて疑問を口にしようとしたが、その前に遮られた。

「それと、東堂君……あ、三春君になったんだっけ?あの子とは関わらないようにしてねぇ」

仁科の話がぽんと飛んで返す言葉が引っ込んだ。
三春の名前がいきなり出てくる脈絡のなさ。こいつの中ではちゃんと筋道立ってるのかもしんないけど俺にはさっぱりだ。

「つーかさ、お前、三春とどういう関係?」
「ん〜?別に関係はないよぉ?」
「でも、三春になんか言ったらしいじゃん。俺と関わるなとかなんとか……」
「言ったけど、それが?」
「……あいつ、一年のときお前の親衛隊に入ってたんだってな」
「そーだね〜。萱野ちゃんに聞いたらまだ名簿に名前残ってるみたいけど」
「俺が、……お前の可愛い親衛隊員に手ぇ出すとでも思ってそういうこと言うわけ?ああいう可愛い感じのって、なんつーか、お前の好み、だし」

言いながらヘソの上あたりがしくしくと痛む。自分で自分の首を絞めるようなことを言って、馬鹿みたいだ。
けれど仁科は少しの間、鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けヅラをした。そして数秒後に大げさな笑い声を上げる。
俺はどうやらものすごく面白いことを言ったようだ。その笑いが思いっきり馬鹿されてるように感じられて、つい低い声が出た。

「んだよ、そんな変なこと言ったか?俺」
「あーあ〜もぉ、これだから東堂君と志賀ちゃんを遠ざけておきたかったんだよね〜」
「……え?」
「まさか体育祭で接触しちゃうなんて予想外だったししょーがないけど。てゆーか、可愛い子を放っておけないのは志賀ちゃんのほうでしょぉ?東堂君も志賀ちゃんのことちょースキスキだしぃ」
「別に俺、三春のことは、そんな――」
「でも、思い出しちゃったでしょ」

なにを、と言葉を継ごうとしてゆっくりと口を閉じた。心臓の音が妙にドクドクと速くなっていく。

「似てるよねぇ、あの目の色。ほんと……気持ち悪いくらい」


思い出す。一体なにを。――誰を?



「伊吹深鶴に」

いぶき、みつる、と言う仁科の声が一気に遠くなる。耳が塞がれるような閉塞感。



どうして、仁科の口から深鶴さんの名前が出るんだろう――。






prev / next

←back


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -