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男二人で傘ひとつってのはどう考えても傘の役割を果たせない。結局、俺も仁科も体半分が濡れるはめになった。
雨はあんまり強くなかったけど、それでも服が肌に張り付くくらいには濡れた。

――特別寮は位置的に、生徒会室の上に会長と副会長の部屋があって、風紀室の上に会計と書記の部屋がある。
鍵はカードでも何でもない普通のだけど複製不可能だと聞いたことがある。
規則として貸与も不可。特別寮に入るには部屋の主自らの開錠が必要で、個人的に招かれた生徒はそういうところにステータスを感じるらしい。

「どーぞ、入ってぇ」
「……お邪魔します」

仁科の部屋に上がって明かりがつくと、ついぐるりと中を見回してしまった。
引っ越した当初からかなり内装が変わってる気がした。テレビの位置や、ソファーカバーとかラグが違ってるように思う。
その中でも一番に目に付いたのはアクアリウムだ。結構大きな水槽に木と水草がまるで小さな森のように配置されている。

「何あれ、すげーな。お前がやったの?」
「うん。普通寮はペット禁止だからねぇ。癒されるでしょ〜」
「魚は何飼ってんの?」
「エビ」

エビ?グッピーとかじゃねーんだ。
物珍しさから水槽に近寄って底の辺りをしげしげと見つめた。
ああたしかにいるわ、ちっさいのが。小さいけどちゃんとエビの形してる。足をこちょこちょ動かして泳いでるのが面白い。
俺がアクアリウムに夢中になってる間に仁科は寝室に引っ込んでいったが、すぐに戻ってきて俺の頭にタオルを被せた。

「濡れたでしょ?俺の服使って〜」
「……いらねえよ。すぐ帰るし」
「帰るのぉ?デートなのに」

仁科の笑い声が癇に障ってタオルを投げ返した。

「そもそも、そのデートってのはなんなんだよ。俺に用があるんだろ?回りくどいことしてねーでさっさと話せよ」
「志賀ちゃんイライラしすぎー。あのヘンタイに何聞いてきたのかなぁ?」
「……ヘンタイ?」
「情報屋の元締め」

話題を先回りされてドキリとした。俺の反応があからさまだったせいか、得たりとばかりに仁科の笑みが深くなる。

「やっぱりねぇ。『あれ』から変なこと吹き込まれてきたんだ。シラタマって口軽すぎ、ちょーむかつく」

むかつくと言いながら楽しそうな顔をする仁科。
それにしても仁科の椎名に対する態度がいやに他人行儀だ。それは椎名にも感じていたことだった。専属契約してるわりに二人はあんまり仲良くなさそうだ。
仁科は、何も言わない俺の頭に再びタオルを被せた。そのまま丁寧な手つきで俺の濡れた髪を拭く。

「……バスルームに服あるからぁ、着替えてきて」

間近に感じた熱と優しく囁く声音に誘導されるように思わず頷いた。

着替えってのは仁科がよく部屋着として着ていた白地に黒のラインが入ったスウェットだった。あいつが着るとシュッとしたシャープなラインになるのに、俺が着るとやけにダボついて見える。
リビングに戻ってみれば、仁科はキッチンでバリスタマシンを操作していた。部屋中にコーヒーの香りが広がる。
テーブルの上に置かれたのはカフェラテだったけど、結局冷めても手を伸ばすことができなかった。


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