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椎名が俺の部屋から出て行ってすぐ、予告通り萱野が迎えに来た。そして連れ出されたのは寮の外。

寮にも一応門限ってものがある。それが夜の九時。
それは正面玄関が閉まる時間で、以降は管理人のいる通用口で名簿に記名すれば寮の出入りは可能だ。
ただしこの出入りは寮長にチェックされるから、学園の用事でもないのに頻繁に通用口を使ってるとねちねちお小言を食らわせられる。
ついでに親に連絡が行ったり内申にも響くので普通の生徒はほとんど利用しない。
そんなわけで、萱野と寮を出るときはかろうじて正面玄関は開いてたが、帰りは裏口の方だなぁ……とちょっと面倒くさく思った。

そして寮を出て初めて雨が降っていることに気付いた。
萱野と渡り廊下を歩いている間に本格的に降り出して、傘を持ってこなかったことを後悔する。ここはまだ屋根つきだからいいけどこの廊下はすぐに終わる。

和気藹々と世間話って気分でもなかったから機械的に足を動かすことに専念した。そして進むにつれなんとなく行き先が分かって、ますます気分が悪くなる。

寮と学園のほぼ中間地点、食堂近くに差し掛かったとき、萱野に服の裾を軽く引かれて足を止めた。
営業を終えた食堂の前、つまり渡り廊下が途切れる先に立っている人物を見て驚きを隠せなかった。
雨の夜でもその存在感が霞むことはない。金に近いミルクティーベージュの頭が、常夜灯に照らされて月のように光っている――ように、見えた。

ああ、仁科だ。

「遅いから迎えに来ちゃった」

笑顔の仁科が俺を手招きしている。けれど俺の足は根が張ったようにその場から動かなくて、じっとその姿を見ていることしかできなかった。
ぽん、と背を叩かれる。萱野が軽く押しただけで固まっていた俺の体は仁科のほうへ前のめりになった。

「行こっか、志賀ちゃん」
「……ああ」

ここまで来てようやく腹が決まった。もう逃げてもしょうがない。
仁科は手に持っていた傘を開き、渡り廊下を逸れて食堂裏の遊歩道へと足を進めた。

「おい、俺傘持ってねーんだけど」
「一緒に入ればいいじゃん?相合傘しよ〜」

ほら、と俺のほうへと傘を差し出す仁科。ここで文句を言ってエネルギー消費するのも馬鹿馬鹿しいから、素直にやつの隣に並んだ。
ちらりと後ろを振り返ると、萱野が儚げに微笑みながら小さく手を振っているのが見えた。けれどすぐに仁科に腕を引かれて視線が外れる。

「志賀ちゃんもっとくっついてぇ。濡れちゃうよぉ」
「どうせすぐそこだろ。引っ張んな」
「そーだけど〜。ほら、せっかくのデートなんだからさぁ」
「はいはいデートデート」
「も〜志賀ちゃんもっと雰囲気出そーよ」

……思ったより普通に話せたことに内心ホッとしていた。
椎名や三春から色々聞かされてたけど、いざ本人を目の前にしてみたらやっぱりいつもの仁科だったから。


相合傘状態で遊歩道を歩く先にあるのは、特別棟。旧校舎に併設されている、生徒会室と風紀室のある別棟だ。そしてその上階は生徒会役員の居住スペースでもある。
執行部の中でも庶務は役員扱いされないから、住んでいるのは実質四人だ。生徒会長、副会長、会計、書記の四人が住まう、本当に選ばれた生徒のための特別寮。

学園が設立した当初からあるこの特別棟は、補修・保全のための改築はしてあるが和洋折衷のレトロな造りをしている。
もともとここは、お偉いさんの別荘だかなんだかとして明治時代に建てられたものを学園の創立者が買い取ったって話だから、外観が時代錯誤だ。
しかしそれはあくまで外観で、内装設備はちゃんと時代に沿っている。冷暖房完備、バス、トイレ、キッチン、不便なところは何もない。

そのことを俺は知っている。仁科の引越しのときに、初めて入った特別寮にテンション上がっちゃって色々見て回ったから。
俺がここに来るのは、仁科に抱かれて以来――だ。


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