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いつか聞いた台詞が脳裏に蘇る。
『志賀ちゃんのことならなんでも知ってるよ』――仁科の低くとろりとした声で、さりげない冗談のように聞こえた、それ。

「俺の……学園生活?」
「そう」

俺のこと全部じゃなくて、学園生活っていうのはどういう意味が含まれてるんだろう。
いや、問題はそこじゃない。そもそもどうして俺をピンポイントに名指しなんだ。

「そ、れは……いつからの依頼?」
「高等部に進学する半年くらい前かな」
「中等部の頃から?つか、その頃から椎名は情報屋やってたのかよ?」
「まあね。中等部にも小規模のシラタマみたいな組織があるんだよ。高等部とも一応繋がってるし。留学から帰ってきて志賀と同学年になった三年の秋頃、仁科から直接コンタクトがあってね」

中等部でもリーダーやってたんだよ、と椎名が付け足す。
そして高等部に上がってすぐに元締めの地位に就いたらしい。

……ちょっと待て。中等部の頃って、俺は仁科と喋ったことも顔を合わせたことすらねーぞ。
俺のほうは有名人の仁科を知ってたけど、それは本当に名前と派手な噂くらいだった。
だが仁科はその頃から俺のことを知っていて、なおかつ俺という個人を認識してたってことなのか?
その事実に気付いて衝撃に目の前がぐらぐらと揺れた。頭が急に重たく感じて、俯きながら両手で目元を覆ってみてもまぶたの裏はちかちかと星が瞬いていた。

「これを聞いたら、もうひとつ、不自然に思うことがないかな」
「え……?」

もう頭の中がぐちゃぐちゃで、椎名の言葉は聞こえてきても理解までなかなか追いつかない。
思考停止って、本当に考えようとする気力が止まるんだな。

「昨年、一年の間、志賀と仁科は同室だったね」
「……ああ」
「それも仁科が裏で手を回したって可能性はあるかな?」

仁科は、俺があいつと接触する前から俺のことを知っていて、同室になったのもあいつの差し金で――?
しかし椎名の言い方が変だ。可能性はあるかだなんて俺に聞かれても。

「し……知らねーよ」
「そうか。そうだよね。いや、確証は得られなかったけど、まあほぼ六割くらいは確実だと思う。……っと、これはシラタマの情報じゃなくて俺の勝手な推測だから」

そういうあやふやな推測まで交えた余計なことまで言うのが椎名流の『ビジネスライクじゃない』情報提供なのか。むしろますます混乱しただろうが。

「……椎名、ちょっと聞いていいか」
「うん?」
「どうして、俺、なんだよ」
「どうしてだろうね」

のんびりとした言葉が返ってくる。
ここまできて質問をかわす椎名が憎い。そこが、一番知りたいところじゃねえか。

「お前……ふざけんなよ」
「はは、ふざけてないよ。本当に知らないんだから。シラタマは報酬さえもらえれば理由なんて聞かないしね。だけど、最初に依頼を受けたときは本当に志賀理仁っていう人物を調べてくれって感じだったかな」

わけがわからない。
知りたかったことを聞いてるはずなのに、疑問は増える一方だ。

「直接、仁科に聞いてみたらいいんじゃないかな。このあと会うんだろ?」

そうは言うがあいつになんて聞けばいいんだよ。どうして俺?いつから俺のことを知ってたんだよって?
そもそも俺が聞いてもあいつは何も喋らないんじゃないか。だって、あいつと同室でいたのにそんなこと全然知らなかった。体育祭のときにも何も教えてくれなかった。
仁科は内心、俺のことを笑ってたんだろうか。何も知らないで能天気に側で生活する俺のことを。

顔を上げると椎名の柔和な笑顔が視界に映った。

「……時間だよ」

はっとして時計を見たら、もうすぐ九時になるところだった。そしてタイミングのいいメッセージ通知。
それは萱野からで、『もうすぐ志賀ちゃんの部屋につくから待ってて』という、仁科様親衛隊長のお迎え宣言だった。


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