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天気が悪いせいでいつもより夜の訪れが早い気がした。
崩れそうで崩れなかった天気は、時計の針が九時を指した頃についに泣き出した。
ぽつんぽつんという屋根を叩く音から始まり、しとしと夜の学園を濡らす雨。肌に纏わりつく湿気が不快だ。

「――志賀ちゃん、どうかした?」
「なんでもねえよ」

少し上の空になってたのを軽く注意される。
隣を見ると、後ろで手を組みながら軽く首を傾げている萱野が目に入った。同い年の男なのにそういう仕草をしてもまるで違和感がない。

俺と萱野は屋根つきの渡り廊下を並んで歩いている。
どの場所に行くのかは分からないが、着く先は分かっている。どこだろうと、仁科が待つ場所に違いはない。
ヘソのあたりをグッと手で押さえたが不快感はおさまらなかった。
そしてその不快感の原因を、萱野と歩く道中、俺は何度も思い出していた。





情報屋組織・シラタマ元締めの椎名と本格的に『取引』をしたのはほんの三十分くらい前だった。何故ならずっと部屋に龍哉と千歳と若林がいたから。
個人情報の売買もその報酬が俺の脱ぎたてパンツだということも、ヤツらの前で堂々と言えないし言いたくないからどうするかと考えてみたが、そこは椎名が解決してくれた。
さすが学園中の秘匿情報を抱えている椎名はツラの皮が厚く……とにかく、抜群の演技力でもって上手に、かつ自然に二人きりになれるよう誘導した。

俺の自室に戻ってから便所でパンツを換え――今日に限って履き心地がいいお気に入りのやつだった――泣く泣く椎名に渡した。
椎名は本気で俺という中身に興味がないらしく目の前で脱げとかいう要求はしてこなかった。
ただ、そのまま渡すのは気持ち悪いんでつるたやのビニール袋につっこんだんだが、渡した瞬間、温度と感触を確かめるように揉みしだきながら鼻息が荒くなったのは……いや俺はそんなの見てない!見てねーから!

「さて、何が知りたい?」

物品の引渡しが済んだあと、すぐにいつもの穏やかイケメンに戻った椎名は、テーブルを挟んだ俺の対面に座りながら「何でもご質問どうぞ」と言わんばかりに手を開いた。
そう聞かれて一瞬考え込む。何が知りたい、か。

「質問はいくつまでしていい?」
「俺が答えられる範囲で、いくらでも」

つまり、主導権は椎名にあるわけか。答えられること、教えられないことの判断は椎名の一存による。黙秘ばっかりになるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
結局こんなの対等な取引じゃねーな。
そのことに気付いてつい表情が渋くなる俺を見て、椎名が軽く笑った。

「はは、そう気を悪くしないで。俺にも都合ってものがあるんだ。ただ、ビジネスライクにしないつもりだよ」

言われてまた考え込む。
知りたいのはひとつ、仁科のこと。でも俺は、仁科の何を知りたいんだろう。一年同室でいた間に、すでに色々知ってるつもりだ。それ以上の何を――。
いつまでも言葉が出ないことに焦れたのか、椎名のほうから口を開いた。

「志賀が知りたいのは仁科天佑のこと、だろ」
「そう……なんだけど」
「じゃあ、仁科天佑が俺たちシラタマと何を専属契約してるのかって話なんか、興味深いんじゃないかな」

弾かれるように顔を上げた。言われてみれば、そのあたりから仁科の情報ってやつに興味を持ったんだった。
あいつの性格も、行動も、体温まで全部知っていると思っていた。
でも、そうじゃなかった。俺が見てたのは所詮あいつの上っ面だけで、そういうものを見て恋愛感情を抱いてたんじゃないかって不安とも恐れともつかない気持ちになった。
俺の知らない仁科を知って、じゃあその結果俺があいつに抱くものは何なのだろう。
進むことも、完全に諦めることも出来ずにいる俺の中途半端なこの気持ちに変化は訪れるんだろうか。

「……知りたい」

ひとことそう言うと、椎名は頷いた。

「ひとつは生徒会に関する全般」
「ざっくりすぎてわかんねぇよ」
「だろうね。要するに学園の金の動きに関することかな。あれでも生徒会役員として業務は全うしてるんだよ」
「そーなんだ……」
「少し前に体育祭の賭け事があっただろ。あれも、シラタマの情報網にいち早く引っかかったのは仁科の依頼があったから」

ということは、もしかして風紀から監査に依頼されるより前からあのことを仁科は知ってたってことか?

「ん?でも滝が風紀のほうが先みたいなこと言ってたような気がすんだけど」
「依頼の順番でいったら仁科の次に風紀だね。でも情報の必要性や重要度としては風紀のが上だったから、滝が言ったのはそういう意味だったんじゃないかな。
 仁科にとってはああいう個人間のことはどうでもいいみたいだし、知ってはいたけどいらない情報だったってとこだろ。……志賀が絡まなければ」

最後に付け足された言葉にどきりとする。どうしてそこで俺の名前が出てくるんだ。
俺の動揺を察したように椎名がくすりと含み笑いを漏らした。
心臓がどくどくと嫌な速度で脈打つ。

「仁科からの依頼はもうひとつある」
「……なんだよ」

椎名に問いながら、聞いてはいけないような、そんな予感がして手が震えた。


「――志賀理仁の学園生活に関するすべて」


呼吸が、一瞬止まった。


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