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そこまで考えてふと思い出す。
秘密基地仲間に入っていなかった仁科の、わざとらしくも謎の行動を。

「三春、ちょっと聞いていい?」
「なっ……に?」
「昨日さ、お前、食堂で仁科に何か言われてただろ。あれ、なんだったんだ?」

珍しく生徒会メンバーに混ざっていた仁科が、三春に耳打ちした光景が甦る。
他に聞かせられない話だからそうしたってのは分かるんだが、あんなに人目の多い場所で、見せ付けるようにしていたあの仕草。
ダメ元で聞いてみると三春は更に顔を赤くしてごしごしと耳を擦った。まるでついさっき仁科に内緒話をされたかのように。そうしながら俺をちらちらと横目で盗み見る。
見ないつもりでいたのに、その忙しない視線がぱちりと俺と合った。それを正面から捉えてしまって僅かに心臓が跳ねる。それは嫌な類の動揺だった。

「……あの……」
「…………」
「リ、リヒトくんが」
「……俺?」

俺が何?と聞こうとしたところで龍哉が買い物を終えて店から出てきた。
三春の顔がそっちに向いた瞬間、呪縛から解き放たれたように体の力が抜ける。

「理仁お待たせ」
「おー、待たされた」
「あれ三春?いたんだ。買い物?」
「う、うん……じゃ、じゃあねリヒトくん!」
「あっおい、三春!?」

龍哉が三春に声をかけた瞬間、体育祭で見せたあのダッシュ力を発揮してあっという間に走り去って行った。あの足の速さは脳のリミッター解除の賜物じゃなかったのかよ。
俺も龍哉もぽかんとして三春が去っていった方向を見送った。

「三春、なんだったわけ?」
「え、や、レジで会ったから声かけて、ちょっと立ち話してただけ」

龍哉が首を傾げるが、三春の突飛な行動は(変装中含め)今に始まったことじゃないからそれ以上は特に突っ込まずに話題転換した。
それにしても、仁科の名前を出しただけであの過剰反応。それより気になるのは、何故か俺が関係してるらしいってこと。
晴れないもやもやを抱えたまま自室に戻ると、そのタイミングでメールが一件届いた。差出人は、昨日アドレス交換したばかりの三春。
そしてその内容は――。

『仁科様には、理仁君と仲良くしないように言われました』

あのとき、仁科の耳打ちのあと三春はどんな反応をした?
たしか、首を振った。それから笑いながら面白がるようにそれを見ていた仁科。
俺と三春の間にどうしても溝を作っておきたいなら、どうして俺にそれを言わないんだ。いや、俺にはそれっぽいことをもう匂わせてるから、三春にもってことか?
わからない。そこまでして俺と三春を引き離しておきたい理由が。

もう誤魔化しがきかない。俺はそれをどうしても知りたい。
一体、あいつは何を考えてる?
あいつのことが好きだからとか、そういうことだけじゃなく、俺の知らないところで何かが地を這い蠢いているような、得体の知れない気持ち悪さがあるんだ。

俺が玄関先でスマホを睨みながら立ちすくんでいる間に、龍哉は買ったものをリビングのテーブルに置いていた。全員で食うようにスナック菓子を買い込んだらしい。
アニメ観賞組の三人が追加の食料にそれぞれ歓声を上げる。

俺は、嬉々としてそれらを広げているヤツらの中から一人を選んで、肩に手を置いた。

椎名が振り向く。
それは、俺の言いたいことなどお見通しだとでも言いたげな、初めて見る意地の悪い表情だった。

「……椎名、頼む」
「いいよ」


――かくして、取引が成立した。





第四章 END


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