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あいにく目当ての牛乳は売り切れだったので、仕方なく500mlのを買うことにした。
明日の朝の分くらいしかないけど、学校終わったあとにでもまた改めて買いに来ればいいし。
清算するためにレジに行くと、蜂蜜色のうしろ頭が見えた。だいぶ見慣れてきた脱皮後・三春だ。
後ろに並びながら、ちょっと複雑な思いをしながらも一応声をかける。

「三春?」
「ふぇっ!?あ、あ……リヒトくんっ……?」

振り返る前に声だけで俺だと分かったらしい。小柄な体が縮こまってますます小さくなる。

「ぐーぜん」
「そっそそ、そう、だね」

三春はレジカウンターに向いたまま俯いた。耳の先が真っ赤だってことはかろうじてわかった。せめてちらっとでもこっち向けよ。
すでに清算後だったらしく、ビニール袋を提げてカウンター前からそそくさとどいた。
そのままいなくなるのかと思いきや、三春はレジ近くをうろうろするばかりで店を出て行く気配がなかった。――もしかして俺待ち?
予想は当たってたみたいで、俺が会計を済ますと半歩うしろにぴたりと付いてきた。
なんだろうこの……従順を通り越して臆病な犬みたいな感じ。

龍哉はまだ買い物中みたいだから店を出た入り口辺りで足を止める。三春も人一人分くらいスペースを空けて俺の隣に立った。
声かけたのは俺のほうだし、何か適当にでも話を振るか。こいつとの共通の話題なんて特に見つからないけど。

「……あー……、そういや秘密基地作りのことで風紀から何か言われた?」

食堂で風紀委員長に例の秘密基地作りをバラしたとき、三春も当然同席してたわけだがその場では小言含むお咎めは特になかった。とにかく現場を確認してから沙汰を下すとのことだった。
千歳にはまだそういった通達は来てないみたいだが、三春は一応首謀者だし真っ先に何か言われるだろうと思っていた。
しかし三春は小さく首を横に振った。

「ま、まだ……なんにも」
「そうなんだ。風紀も土日は休みってことか?」

あいつら公私はきっちり区別しそうだし、本格的に動くのは月曜からってことかもしれない。

「秘密基地って、どんなの作ってたわけ?」
「えっ、ふ、ふつうの……」
「普通の秘密基地って」

俺が知らないだけで全国に普通の基準があるんだろうか。
俺が小学生のときにクラスメイトが作ってたやつは、ダンボールを切り貼りして家の形を作ったあとコップとか日用品を持ち込んで雨の日にべしゃっとつぶれてたな。
小学生時代ハブられてた俺はその秘密基地の輪にも当然入れてもらえなかったから、無惨な残骸の前で嘆く同クラの連中をたまたま見かけただけだったけど。
それらはその後、そのまま放置されていたことも付け加えておく。

ハイスペック高校生の執行部マイナス1、プラスアルファが夢中になって作ってたらしい秘密基地は、そんなちゃちなものとは比べ物にならないレベルだとは想像がつく。

「……んと、廃材で、椅子や机とか棚作ったり……太陽光発電機作って、電気通して、……あと、あと、カーテンやクッションとかも作った、よ!」

思った以上に本格的だった。下手したら住めるじゃねーか、それ。つーかカーテンにクッションって。あのメンバーの中に裁縫できるヤツいるのかよ。
三春を見ると頬を紅潮させて嬉しそうな表情をしていた。やっぱりこいつも秘密基地作りは楽しかったらしい。

「ふーん……そこまでやったんなら、風紀に潰されたらつまんねーな」
「……う、うん」

なんか悪いことしたな。まあ滝が言ってたみたいに、俺が告発しなくてもいずれ発覚はしてたと思う。
廃物置とはいえ一応学校の施設を無断で改造するのも風紀的には捨て置けないだろうし。

「でっでも、その、別にいいんだ。みんなと色々、やるの楽しかったし、それだけで」
「え、もったいねーじゃん」
「おれは本当に、うん」

うん、って何を納得したのかは分からないけど、三春は笑ってた。
会長と有栖川兄あたりが黙ってなさそうだ。また執行部と風紀で対立する案件が増えたな。その起爆剤になったのが、両者ともまるで関係ない俺ってのが申し訳ない気がする。
こうして話を聞いてみると結構面白そうだったから余計にな。


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