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男の俺が、自分の下着を売るという援助交際まがいの行為に悩む日が来るとは露ほども思わなかった。
パンツ一枚くらいどうってことないと思う一方で、椎名の使用用途を考えるとかなりの抵抗感がある。
こんなことで悩むなんてアホらしい、だがしかし……と葛藤で唸っていると、椎名がまたひとくち炭酸を飲んだ。

「なんか……俺の手垢とか唾液とかがいいんなら、キスじゃダメなんですか」
「それだと弱いなぁ。俺だってそうかもしれないと思ってお前とキスしてきたけど、普通だったし。物じゃなきゃ意味がないみたいでね」
「そ、そーなんだ。超知りたくなかった」
「まぁ俺の知ってる仁科の情報がほしいかどうか、とりあえずデート権が終わる時間まで考えてみたらどうかな」
「うぅん……」
「むしろ穿いてる時間が長いほうが俺としては興奮……いや勃起するしね」

今の言い直す必要あったか?あと、じーっと俺の股間を見るのやめて!今日穿いてるパンツがどんなのだったか急に気になってきたじゃねーか!
痴漢に遭った女子ってこんな気持ちかなぁと、男子高校生にあるまじき境地を垣間見始めた頃、椎名は軽く自分の膝を叩いて話題転換をしてきた。

「あ、そうそう言い忘れるところだった。俺がシラタマの統括役だってことは他に漏らさないようにしてくれるかな」
「え?」
「俺のことを知ってるのって学園内では三人しかいないから。あ、志賀含めたら四人か」
「マジでか。シラタマの中で限られた三人?」
「いや、組織内では誰も俺だってことは知らないよ。基本的にメールやシラタマ専用SNSで連絡してるから」

シラタマ専用SNS……なんかすげえな。そもそも情報屋組織のボスって何するんだろう。俺には想像もつかない世界だ。
つーか顔出しなしでトップに君臨するとか、不覚にもちょっとカッコイイと思ってしまった。秘密組織に憧れてシラタマに入ったらしいミネ君の気持ちが分かった気がした。
……おいおい騙されるな、椎名の俺に対する変態っぷりを聞いたばっかりだろ。

「じゃあ三人って、俺の他に誰が知ってんの?」
「ん?情報料加算されるけどいい?」
「……何が望みだ」
「志賀がいま穿いてる靴下」
「……持ってけドロボー」

スニーカーソックスを脱いで椎名の前に投げる。彼は優雅なイケメンスマイルを見せながらそれを丁寧に折り畳んでポケットに仕舞った。
えーとアレだ、椎名は何故か靴下を一足も持ってないんだ、だから人のでもいいから欲しくなったんだ、うん――自分にそういう暗示をかけながらそれを見届けた。
パンツよりマシかと思っちゃったあたり、俺の感覚も徐々に麻痺してきてるかもしれない。

「三人ってのは、生徒会長と風紀委員長と、仁科。シラタマの元締めが代替わりすると会長と風紀委員長には自動的に伝えられるけど、仁科には何故かバレてたんだよ。『俺』を探り当てるのってかなり難しいと思うんだけど、そのルートが未だによくわからなくてね」
「へぇ……」

身近なところでそんな思惑が入り乱れてたとは驚きだ。俺だって椎名自身から告白されなきゃ全然気付きもしなかった。
はぁ、と憂いたような溜め息が椎名の唇から漏れた。

「おまけに蒐集物のことが志賀にバレるし。元締めの面目丸つぶれだよ」
「結構杜撰な計画っぽかったけど……」
「――ん?ああ、そうか大友からバレたのか。彼は家捜しなんてしないと思ってたから油断してたな。志賀のためなら何でもやるよね、なるほど」

龍哉を俺のパシリ扱いすんなって。まあ、俺に何かあると親身に心配してくれるのは確かだけど。
椎名が、今度は俺の顔をじろじろと見る。

「うーん……前々から思ってたけど、お前、シラタマにほしいな。監査の人脈とかすごく便利そうだ。なぁ、情報屋に興味ないかな?」
「ありえねー。つか便利そうってなんだよ。監査ならもうミネ君がいんだろ」
「峰岸君ね。あの子の使い道はもっと別のところだから」

椎名が柔和な笑みで怖いことを言う。うちの後輩を道具扱いするんじゃありません!
……あ、そうか、もしかしてシラタマの親玉ってのは、組織の人員を駒として使う役目なのか?途端に椎名が胡散臭く思えてきて、じりじりと距離を取った。
これ以上変なことに巻き込まれてたまるか。


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