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知らないうちに嫌われてたのかもしれないし、だとしたら椎名との付き合い方を考えなきゃいけない。
俺は椎名のことはわりと好きだから、そんなことされたなんてショックだってのが本音だけど。
「……あのさ、なんで俺のシャツをお前が持ってんの?」
「…………」
「心当たりとか思い浮かばねーんだけど、俺って椎名に何かした?」
イケメンの顔が歪む。マジで嫌われてたとしたら、どうして俺とキスしたり漫画貸してくれたり親切だったんだろう。
椎名は長い沈黙のあと小さく口を開いた。
「……あのシャツ、汗の匂いが濃くてね」
「は?」
「匂い薄くなっちゃったし、残念だけど返すよ」
心底残念そうに言う椎名。俺、大混乱。
あれ、待て待て待て。なんか会話噛み合ってなくない?
「えっと……わり、どういう意味?俺の質問おかしかった?」
「だって返してほしいんだろ」
「や、返してほしいのはそーなんだけどさ。……え、あれ?てかさ、他にも俺のタオルとかシャーペンとか、耳かきとか?持ってった……よな?」
「ああ」
床にコントローラーを置いた椎名があっさり頷く。窃盗をまるで隠そうともしないその態度に俺はますます疑問符でいっぱいになった。
「いつ?」
「うぅん……学校で、かな?」
「……耳かきは?」
椎名がにっこりと笑う。笑って誤魔化すんじゃありません!
笑ってばかりでそれ以上吐きそうになかったから、仕方なく話題を進めることにする。
「なんで……その……俺のもの勝手に持ってくわけ?正直そういうの、気分悪ィよ」
「悪かったよ。つい、抑え切れなくて」
「な、なにを?」
「衝動を」
言葉とは裏腹に至極落ち着いた様子の椎名。逆に俺のほうがパニックになってんだけど。
俺はいま何を聞かされてるんだろう。
「あーあの……じゃあちょっと聞くけど、俺のもの持ってってどうすんの?シャーペンやタオルは、まぁわかる。生活必需品だしいくらでも使い道あるよな。耳かきも……俺の愛用物だしグレイトな掘り心地を試してみたくなったってのは認める。でもさ、シャツは意味わかんねんだけど。サイズ違うし。使い道ねーじゃん」
「え、普通に使うけど?」
「えっ、何に?切り裂いて雑巾にでもするとか?」
「オナニー」
さらりと爆弾発言をされて、オナニーってなんだっけ、と俺は軽い現実逃避をした。
昔々オナとニーという仲の良い兄妹がいて母親から留守番を言いつけられた二人のもとに悪い狼が――いやいやいやいや。
椎名のかっこいい形した口からオナニーって聞こえたよな。オナニーってそれはつまり自分で自分のチンコを握って擦って発散するアレで間違ってないよな?
おい誰か今すぐ検索してくれ。オナとニーじゃない、オナニーを!
「……俺の?シャツで?おなにー?」
「ああ」
やたらと男前な顔でこくりと頷かれて、もう逃避の余地はないなと思った。
「志賀の私物をオカズにしてオナニーを」
「わわわわかったわかった言わないでマジで言葉にしないで!!」
椎名の口を慌てて塞ぐ。そしてついやってしまった行動に我に返りすぐに手を離した。
「えっと……なに、まさかのまさかだけど、お前俺のこと好きとか……そーゆーの?」
「俺が志賀を?まさか。あーいや、友達として好きだよ。普通に」
これまたこともなげに言われて、俺の脳内はオーバーヒートを起こして動作不良を起こしている。
椎名はこめかみに指を当てて憂いの表情を浮かべた。
「……なんていうのかな。自分でもうまく説明できないんだけど、性癖が志賀って感じなんだ」
「え……えっ?なんだよそれ。意味わかんねーんだけど」
「志賀本体には興奮しないんだけど、お前の手垢のついたものとか、唾液や汗の染み込んだものにやたらとエロスを感じるっていうのかな……」
エロス……。ずきずきとした頭痛を感じて無意識に眉間を指で揉み解した。触ってはじめて気付いたが、ものすごい縦皺が刻まれている。
全く理解が追いつかない。
とりあえず、よく分かんないけど一言だけ言わせていただきたい。
――この変態!!
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