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さあどう返してくるか――。
内心冷や汗をかきながらその動向を窺っていたら、椎名は非常に悲しそうな、まるで最後に取っておいた好物を横取りされて食べられた、みたいな顔をした。

「……あのシャツ、洗濯したいの?」
「えっ!?あ、うん、洗うけど……」

予想外の言葉に俺のほうが動揺してしまった。そうか、否定しないのか。
俺は龍哉の顔を思い浮かべた。昨日の夜、部屋で椎名を待つ間に話していたことを振り返る。

――体育祭前のこと。制服のシャツがなくなったことで、その他にも私物がなくなっていることに気付いたその日、俺は真っ先に龍哉に相談した。つーか泣きついた。
ついに親衛隊の制裁が!?俺いじめられてるかも!って訴えたら、龍哉が難しい顔をした。そして「その話、今は他の誰にも喋らないで」と口止めされたのだった。
その言葉の意味はその場では教えてもらえず、ただ親衛隊のことを聞きたい都合上千歳にだけは言ってもいいかと聞いたら、それはいいと許可を得た。

だからこの件は保留扱いしてシラタマに若林の机にゴミ事件だけ依頼したってわけだ。
若林には「何かあったら俺に言えよ」と助言しておいて、俺のほうはあいつに何も言えない状況だというのは非常に心苦しく思ったが、何か考えがあるらしい龍哉の意思を優先した。

シャツの件は、食堂で手なんか繋いでたのを見た仁科様ファンによる制裁の可能性が一番高いと思っていた。
だがシャツのなくなった日のことを思い返してみると、俺がジャージに着替えたのはホスト教師清水に付き合わされた午後の授業のあと。それから真面目に授業を受けてた俺の手元に、シャツを仕舞ったバッグは確かにあった。
監査委員に行ったあと、バッグは生徒会室に持ち込んだ。
そこで思い出したのは、生徒会室は一般生徒入室厳禁ということ。ドアが壊れて鍵がかけられない状態だったが警備が生徒会室の前に立っているから、忍び込むのも難しいだろう。
ちゃんと確かめたわけじゃないが、俺と仁科が一緒に食堂に行っているあいだ執行部の誰かが入った形跡がなかった。そうなるとシャツがなくなったタイミングってのは必然的に絞られる。

俺が陸上部と清水のところに行っていた間か、監査室にバッグを置いていた間か。

後者は犯人が田中先輩かミネ君ということになる。でも動機がどうしても思い浮かばなかった。ていうより俺が二人を疑いたくなかった。
となると陸上部と進路指導室に行っている間、教室にバッグを置いていたときに盗まれたんだろうって考えに行き着く。
当日は若林のことで朝から色々とあったし、こんな簡単なこと全然思いも寄らなかった。

だとすると俺のシャツを隠したのは誰か――。
中庭で騒ぎを起こしていた風紀や三春たちに皆が気を取られている隙になら、誰でも犯行は可能に思えた。

そして昨日、龍哉にシャツを盗った犯人が分かったと言われた。それが、椎名だった。

椎名と同室の龍哉は、自室の方にも足を踏み入れる機会が何度かあったらしい。その時に、見慣れた俺の私物が部屋にあるのを時々見かけていたのだとか。
日常的によく使ってるタオルやシャーペンなんかは、俺も龍哉もお互いなんとなく覚えている。俺だって龍哉のタオルのデザインと洗濯で褪せた色合いを見れば一発で分かる。
俺と椎名は漫画の貸し借りとか普通にしてたからその延長線上のことなんだと、これまでたいして疑問にも思ってなかったようだ。それが、そうじゃなかったと今回のことで発覚した。

俺の訴えを聞いて胸中にわずかな疑惑が生じた龍哉。こっそり椎名の部屋に忍び込んでみたらベッドの上に皺の寄ったシャツが一枚放られていたらしい。
普段なら気にも留めない光景だが、シャツのサイズを確認してびっくり。ベッドの上のシャツはMサイズだった。俺はMで、椎名はLだ。
そしてデスクの上に俺が中等部の頃から愛用していた金属製の耳かき――ちょっと形状が特殊な俺のお気に入りだ――を見つけて確信に至ったようだ。
いくら友達でもさすがに耳垢を取るような衛生用品を貸し借りするわけがない、と俺の性格を知り尽くしている龍哉は思ったのだ。失くしたと思って密かに落ち込んでた耳かきの在り処を知って俺も愕然とした。

それ以上部屋を探るのは憚れてそこで探索を打ち切った龍哉だが正面切って椎名に言えず、ずっと悶々としていたらしい。
そして体育祭が終わり日常生活が落ち着いた昨日になって、ようやく俺に報告してきたのだった。龍哉は同室だし、それを椎名に突きつけて関係が気まずくなると私生活に支障が出る。だから、俺が自分で話をつけるということで昨日は話を終わらせた。

ちなみに千歳にはこのことを言っていない。あいつは変に騒ぎ立てそうで、そうなったらそっちのが厄介な気がするから。
椎名は普通にいいヤツで、今まで嫌がらせの類なんかされたことがない。というか温厚でそんな陰湿な行為をするような性格じゃないと思ってたから始めは信じられなかった。けれどお人好しの龍哉がこんなことで嘘を吐くわけもない。

そして椎名から指名されたデート権――サシで話せる絶好の機会、これを利用しない手はないと思った。本当のことなのか、どうしてそんなことをしたのか、すぐにでも聞いてみたかった。
龍哉のただの勘違いで、否定するならそれでもいいかと思っていた。でも、今、本人の口であっけなく肯定されたのだった。


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