1周年記念:中編:白石忍足財前 | ナノ
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カラダに走った衝撃

財前の携帯にメールが入る。時間っすわ、と開いた携帯をしまいながら財前がぽつりと言った。ごくりと唾を飲む。

「行くで」
「いっちょやったるか!」
「忍足、さっきみたいな落ちつけないでよ?」
「あ、あれはちょっとした事故やっちゅー話や!」
「あれのどこがちょっとした事故やねん」
「……うっ…」

体育館の中は、始業式や朝礼の時に集まる時よりも人が多い。全校生徒と教師の人数を超えてるとか…うわめっちゃ人多いよ。
私が座っているのはステージのまん前のど真ん中で、これから出てくる白石たちがばっちり見える特等席。白石たちの心遣いで一番いい席をゲットできたのだ。ざわつく体育館内。人の声、大勢の視線。それらをこれから白石たちは浴びて、彼らは私たちに、全身で伝えるのだ。彼らの音を私たちの心に届けるのだ。
こんな大勢の前で白石たちの思いは届くのだろうか。この大勢の観客の視線を声援を彼らは受け止めきれるのか心配と不安と期待が入り混じって頭が痛くなった。
自分が注目を浴びるわけでもないのに、いやに背中に汗が伝う全身から力が抜けていく、心臓が痛いくらいに騒ぎ出す。ドキドキドキドキ…3人も今こんな思いをしているのだろうか? それとも3人のドキドキ全部私がもらってるのかな。

体育館の照明が落とされて館内が薄暗くなる。しばらくしてパッとステージ上に光があてられた。ドキドキがやまない。観客の歓声を浴びながら白石たちがステージ上に現れた。白石くん、忍足くん、財前くん、ファンの黄色い声が飛び交った。忍足が緊張の色を含んだ顔をしている。忍足、忍足、忍足謙也! 口パクで忍足を何度も呼んでみる。私の方に気づいた忍足と目が合う。両手の小指で口の両端を上げる。笑って、大丈夫だよ、あんたなら絶対やれる。
“頑張れ”、そう口パクで伝えると忍足は一つ頷きグーパンチで返した。笑顔だった。
今度は白石を見る。目が合うと白石はパチンとウインクしてきた。相変わらずキザなイケメンだなまったく。ウインクが上手くできない私は両目を瞑ってしまう。そんな私を見て白石は笑った。
最後に財前に目をやる。見つめて2秒後に目が合う。自信ありげな顔で笑うだけだった。この子はいつも通りなのね。

財前がベースを鳴らす。忍足がシンバルを叩く。白石がマイクを握った。それだけで周りの観客から出る黄色い歓声が大きくなる。すう、と静かに深く白石が息を吸う。白石の周りにいる2人が合図を送りあうように横目で互いを見やる。始まる、そう直感してカメラを握る手が震えた。

白石の挨拶、2人のかけあい、自己紹介がすんだところでそれぞれ楽器を鳴らして、白石が声をあげ、ギターを触った。
心の奥の奥のその先まで届くような熱いものが込められた声は深く深く浸透していくように私の耳に心に侵入してきてそこに根付く。

レンズ越しじゃなくても伝わるこのいいようのない気持ち。レンズを覗かなくても3人の想いが解るような気分。

人々の熱気に包まれる館内には私の元に窓から通る風なんて伝わらないのに、白石たちの背後から大きな風が吹いてきているようだった。ちょっと気を抜いたら吹き飛ばされてしまいそうな、そんな感覚に陥る。
彼らの背中には、今きっと追い風が吹いている。吹き飛ばされないように必死にすがりつくように3人を目に焼き付ける、音を頭の奥まで誘い込んで離れなくする。カメラのシャッターを切ればそこに私の忘れたくない3人の姿が納まった。楽しそうに演奏する3人と同じ場所にいるくらい私も楽しい。3人の世界に入り込んでこのまま出れなくなっても構わないとすら思った。
長い長い世界が終わり、白石の声が、忍足と財前の音が、徐々に消えていく。

始まったのは歓声の嵐。