一周年記念 | ナノ
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「誰もおらんやないかーい…」

中に人は誰もいない。自分の声がむなしく響いた。がっくりと肩を落とす。やっぱり全部うまくいくなんてありえないか。うなだれながら没収品が入った箱を漁ってみる。このままこの箱に財前くんのピアスを入れたらすべて終わるんじゃないかと考えて自分にグーパンチをお見舞いしてやりたくなった。何考えてんだこのバカは。それでは何の解決にもならないし、もっと苦しくなるに決まってるじゃないか。なんて弱い心なんだ。

「やっぱないなー」

昨日没収されたイヤリングが2つとも見当たらない。本当に小さいものだから何かの拍子にどこかに落ちてしまったのかもしれない。風紀委員の責任になるのかな、まあいいや。校則破ったのはこっちなんだし、仕方ないよね。

諦めてここから出ていこうとした矢先、誰かの声が近くなった。咄嗟にドアの影に隠れる。
数人の女の子の話し声が聞こえる。このまま出て行きたかったのだが、彼女たちの話題の中心になっている人物の名前を聞いて出るに出れなくなってしまった。背筋が凍る。苗字(藤城)って私のことじゃね?いや私のことだよね、苗字(藤城)はいっぱいいても校則ばっかやぶってる苗字(藤城)ってたぶん私しかいないよね。
自分の陰口を楽しそうに話されている中に出て行こうなんて、自殺行為に近かった。

誰になんて言われようと構わない。何を言われたって平気。そう自分を励ましてきた。今までだって大丈夫だった。落ち着いて、大丈夫。言い聞かせてる私は本当は何をしたかったんだろう。

「今日びっくりしたよね!」
「ねー。うちのクラスの人たちが前に苗字(藤城)さんに文句言ったらしいねん」
「へー、反省したんや」
「いやああいう男の目ばっか気にしとるやつは解らんへんで」
「私はああいう可愛くない子にはなりとうないわ」
「怖いなぁ、財前もああいう子には気をつけなあかんで」

誰になんて言われようが、どう思われようが全然平気。財前くんのために頑張ってるんだから。だけど財前くんに他の子のようなことを言われたり思われたら、平気なのだろうか。自分はそれで大丈夫と言えるのだろうか。
耳を塞ぎたくなった。自分の耳も彼の耳も塞いでしまいたかった。彼女たちの口を塞いでやりたい。やめて、やめて、誰の目も気にしてないよ、財前くんに気付かれたかっただけなの。それだけなのに。

「別に気にせんでええやろ」
「えー、そういうもん?」
「頑張ってるだけやんか、そない悪ぅ言う意味が解らんわ」
「あかん財前もう餌食にされとるわぁ」
「やめときやめときーあんな子」
「見た目なんて別に気にせんわ」
「はあ?うちらが言うてんのは、ああいう子は中身も危ないっちゅーことやで」
「そうそうああいう子は性格怖いねんで」
「うっさいわお前らはよ帰れや」
「なんなん財前その言い方ーせっかく忠告してんのに」
「行こ行こー財前なんか知らーん」

足音が遠ざかる。私の好きになった人は、人に自分の気持ちを打ち明けて笑われるような人でしょうか。人に彼を好きと告げて笑われるような人だったでしょうか。人に彼への気持ちを隠さなければいけないくらい彼は恥じなければいけない人だったでしょうか。

「ん?誰かおんのか」

影に気付いた財前くんは私の姿を捉える。途端に彼の目が大きく見開かれ短い声があがった。

「驚いたやんか、脅かすなや」
「ご、ごめ…」
「……………」
「……あの、」
「何泣いてんねん」
「さっきの、話が聞こえたから」

財前くんは、ああやっぱりなという感じで溜息を吐き出したあとどうしていいか解らないといった感じに両手をポッケにつっこんだ。

「財前くん、ありがとう…」

俯いたままだけど、自分のことをかばってくれた彼に涙も垂れ流し状態でお礼を告げる。嬉しかった、そんな風に言ってもらえて。彼への気持ちを恥じることより自分のことを恥じなければいけないと思った。私はなんてバカなやつなんだろう。

「でも私、あの人たちが言うように人の目にとまりたくて目立とうとしてたんだよ」
「そんなんみんな同じやろ。誰か一人、みんな、見てもらいたくて頑張るんやろ」
「…………」

財前くんは私を通りすぎて箱の中をあさり始めた。

「苗字(藤城)ってほんまはアクセサリー付けるんそんな好きちゃうやろ」
「えっ…?」
「なんかそんな感じするわ。…俺やったらピアス取られるん嫌やから渋るけどな、なんやあっさり渡してまうからそうや思ってたんやけど」
「…………」
「……ないな」

笑われたっていい、どう思われてもいい。財前くんにどう思われたってどう言われたって、それが彼の中の私ならそれでいいや。もし自分が望むのと違った自分が彼の中にいたとしても、それならまた頑張ったらいいよ。
それが恥じない自分なんじゃないでしょうか。

「財前くん…あの、これ」
「……あ…」

そっと手のひらの上に乗っているピアスを財前くんに差し出す。彼は目を見開いてピアスと私の顔を交互に見た。

「ごめんなさい」
「探してたんや、これ」
「ごめんなさい、どうしても欲しかったの」
「このピアス?お前穴ないやろ?」
「財前くん」
「…は、……」
「財前くんの代わりにしたくて、私が盗りました」
「…………」
「でも、手に入れたかったのはピアスじゃないの」

財前くんの手にピアスが渡る。心の中が軽くなった気がする。モヤモヤが晴れていくような感覚がして、目の前の財前くんの目をしっかりと見れるようになった。

「財前くんが好きです」

ぺこりと頭を下げる。今までの頑張りを全部財前くんにあげます。今までの想いも全部財前くんに伝えます。
それが私のできる最上級の努力だと思うのです。

「なあ、このイヤリング苗字(藤城)ンか?」

財前くんが握っていた手を開いて指先で摘んでいるのは、私が昨日取られたイヤリング。

「どこでそれ」
「苗字(藤城)が帰った後見つけてん。返したろ思て持っとった」
「…ありがと」
「綺麗な色やん、俺の好きな色」

財前くんの指が顔の横にある髪を耳にかける。そっと、割れ物を扱うよな財前くんの指の動きがくすぐったくて身じろぐ。今の状況を誰か説明してほしい。

「似合う…大事にせなあかんでそれ」
「う、ん…ありがとう…!」
「苗字(藤城)は、化粧なんかせんでも、無理に着飾ろうとせんでもええよ」

目を細めて優しそうな顔で笑った財前くんはポカンとする私を見てから、意地悪く口角をあげて耳元で一言囁いた。

「スッピンのがかわええっちゅうこと」




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木林さん/空想アリア・Abandon