一周年記念 | ナノ
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普段は入れないと言って私の誘いも断る白石が、それはもう珍しく自分から家に来たいと言い出すものだから部屋を片付けたりおめかししたり大変だった。どこにもでかけないのに何でおめかししてるんだろうとちょっと疑問に思ったけど、白石に可愛いって褒めてもらえたら嬉しいとかそんなことを思いつつお気に入りのコーデで白石の来訪を待っていた。いざ白石が家に来るとなんだか自分の姿が恥ずかしくなってこっち見ないでみたいなテンションになってしまった。白石は笑いながら可愛いと言ってくれたけど実際に言われたらもう舞い上がるしかなくて心の中でガッツポーズをしてしまった。恥ずかしさは白石の一言で飛んでった。
家に来たがるなんて珍しいね、と言えば彼は二人でゆっくりしたかったけど自分の家には家族がみんないて中々二人になれないだろうと踏んでならばとここまで来たらしい。いや普通に出かけたらよくね?って感じだけどその辺は「ふーん」とだけ返して触れないでおこうと思う。だってレアだからね。白石が私の部屋に来るってちょっと気まずいような気もしないでもないんだけどやっぱり嬉しいし。
これ手土産、って渡されたのは近所の美味しいケーキ屋さんのケーキだった。テンションうなぎのぼりでございます。律儀に私の家族全員分を買ってきている。そんなに気を遣うことないのに。
頬を綻ばせていたら白石が可愛いと言って頭を撫でてくるものだから思わずケーキを落としそうになってしまった。なんて心臓に悪い。思わず緊張してしまう。そんなさらりと触れるなんてとか思うあたり私はまだまだ純情乙女だな。

「お茶いれるから先に部屋行ってていいよ」
「え、一緒にいかんの?」
「時間、は…そんなかからないと思うけど、待っとく?」
「んーいや、先行っとくわ」
「わかった、適当にくつろいで待ってて」
「ん、ほなお邪魔してくるわ」
「どうぞー」








お菓子と飲み物をお盆に乗せて部屋に戻ると、女の子のほとんどが魅了されてしまうくらい爽やかな笑顔をした白石くんがいた。魅了された女の一人がここに。ていうか独占している私がここに。え、何があったの白石くん?このたった数分の間に何があったっていうの…別に見られてやましいものとかないし。まさかクローゼットの中をあさったり私の下着を漁ったり…はわわわわ

「言っとくけどそんなことしてへんからな」
「あれ何で私の思ってることが伝わってるのかしら」
「そのやらしいモン見る目で大体想像つくわ、アホ」
「えぇー、ちなみにどんなこと想像してると?」
「そらベッドの下にエロ本隠してるんちゃうか、ってチェックしたりやな」
「いやいやいや、まああながち間違ってないけども」

エロ本もないしベッドの下にも何もないからね、と白石に釘をさしておく。ちなみにこの前白石の部屋にお邪魔した時にベッドの下を覗いてみたのだが出てきたものといえば植物図鑑だった。毒草図鑑じゃないのか、と思ったらご丁寧に机の上にちゃんと置いてあった。何でベッドの下から植物図鑑が出てきたのか解らないけどその辺はさして言及しなかった。

「どうしたの?機嫌よさそうだね」
「名前(菊崎)と一日一緒居れるやなんてそら上機嫌にもなるっちゅーねん」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないですか」

ニコニコと笑っている白石は学校でのキャラと少し違う。なんか可愛い。こんなに素顔をなんの惜しげもなく表に出す彼を私なんかが独占しててよいのだろうか、幸せだ。プライベートを独占してしかも共有できるなんて私って何者だよ、白石の彼女だよ。ただの彼女だ。やっぱり幸せだ。
お盆を部屋の真ん中のミニテーブルに置くと、白石は待ってましたといわんばかりにベッドの奥、壁際まで後ろに下がり白石ファンの子が見たら卒倒してしまうんじゃないかというくらいの決めちゃいましたみたいな顔をして両手を広げた。いやかっこいいんですけど、鼻血ものなんですけど。あなた何者ですか、私の彼氏様でした。ただの彼氏、私の彼氏。だめだ、全私が照れた。ていうかなんですかそのポーズは。

「こっち来て、ここ座り」
「えっ!そこ座るの!?」
「そうや。はようはよう」
「うぁぁはいはい」

白石は笑顔で私に向かってこいこいと手を動かしてから自分の膝の上へ座るように促した。これ以上私を照れさせて奴は一体全体どうしたいんだ。こんなに余裕のない自分が恥ずかしい。
ちょこんと白石の膝の上に座る。背中が白石の胸板にぴたりと密着したから私の心臓が背中に移動してしまった。と思ったのだけど私の心臓はちゃんと左寄りの胸にあった。この心臓の音は白石のものだと気づいたのは、私が少し落ち着いてから背中に意識を持っていってからだった。白石も私とおんなじくらいドキドキしてくれてるのが布越しに伝わってきて、それが気恥ずかしくて嬉しくてさらにドキドキした。こんな寒い時期で節電しなさいとお母さんに暖房を付けることを禁止されたこの部屋なのに、暖房付いてたら今頃溶けちゃってるんじゃないのというくらい 暖かい、暑いのは白石のせいなんじゃないだろうか。

「この体制ええな」
「え、せ、そうですな!」

思い切り噛んだ。なんで「せ」が出てきたんだろう。白石が息を吐くように笑ったのが背中越しに解った。白石はドキドキしてるのに随分と余裕があるようだ。私は彼の一言、一挙一動にさえ余裕をなくしてしまうというのに。
白石はわたしの腰を自分の腕で抱えて顎を肩に預けてきた。あ、近い。
白石との距離、呼吸の音も心音も近くなる。私の呼吸する音も脈も全部白石に伝わっちゃってるんだろうか。

白石はそのまま体を右側に傾けた。ベッドに二人で寝転ぶ形になって別の意味でドキドキした。後ろから抱き締められるのはさっきとなんら変わらないのにどうしてさっきよりもそわそわしてしまうんだろうか。

「ん、やっぱ本物が一番ええわ」
白石は私が下に行って茶菓子の用意をしている間に私のベッドに横になって、顔を枕に埋めたと話してくれた。それでどうしたのと訊けば彼はちょっと照れ臭そうに、私の匂いがしてドキドキしたと打ち明けた。その言葉に今度は私がドキドキした。

「なぁ」
「ん?」
「この体制もええんやけど、やっぱ向き合いたいわ」
「うん」
「抱き締め合いたいです、こっち向いてくれん?」
「ん」

もぞもぞとくっついていた背中を白石の胸板から離して向かい合うように動く。痛いやろ、と私の身体の下敷きになっていた白石の腕は上へ移動して今度は私の頭の下に置かれた。なんだか今の体制、すごく恥ずかしい。白石ファンじゃない子でもこれはときめいちゃうかもしれない。それは危険だ。まぁきっと白石とこんな体制になるのは私くらいだろうな。あ、あれなんか恥ずかしいことさらりと何言ってんの私はずっ!調子乗り過ぎじゃね私どんだけだよ、白石の彼女だけど気取りすぎじゃね?えへっ。全私が自分の思考に照れました。

「好きやで」

ぎゅうと抱き締められる。あ、白石の匂いがする。
白石の家の洗剤の匂い、柔らかい匂い。すぐそばに白石がいてくれるっていう安心感で満たされる匂い。好きだな。
白石も私と一緒のこと思っててくれてるのかな。

「やっぱ名前(菊崎)の匂い好きや」
「ん、ありがと」
「あかん、起きてまうかも」
「最低、今それ言わなくてもいいでしょ」
「名前(菊崎)に隠し事とかしたくないねん」
「いやそこは隠していいよねむしろ隠すとこだよね」
「仕方ないやろ名前(菊崎)が顔真っ赤にしてそない目して俺のこと見んねんから、可愛いすぎやっちゅーねん」
「は、はぁぁぁあ?」
「不可抗力やな」
「なに言ってるのもう」
「なぁ」
「なに」

白石が少し切なそうな顔をして、少しだけトーンを落とした声で、私を魅了する。何を言い出すんだよあんたはもう…

「そない可愛いとこ他で出さんといてや」



優しさの香り



私が言いたいわ、それ。
こんなストレートに気持ちを伝えてくれる白石もこんなに可愛い白石もこんなかっこいい白石も、下ネタ言っちゃう白石だって。王子さまの仮面を脱ぎ捨てた白石を知るのは私だけでいいですからね。




一周年企画フリリク
Kairiさん/空想アリア