一周年記念 | ナノ
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友達にこっそり、先ほどあった彼氏である白石との会話を耳打ちすると、彼女は顔を真っ赤にさせながら私の両手を力いっぱい握ってきた。ひどく興奮した彼女につられてこっちまで顔の熱が上がって鼻息まで荒くなってしまった。こんながっついている姿を白石が見たら幻滅してしまうかもしれない、どうしよう。

「そそそれってあれやろ?!おめでとう!」
「おめでとうなの!?」
「そらアンタおめでとうやろ、大人の階段登るんやで!」
「やや、やっぱり、そういうことなのかなぁ」
「そういうことやろ!ずばりそういう展開やろ!」

ボッと効果音がつきそうだ。頭から煙があがってるんじゃないかと錯覚するくらい、なんていうか頭が爆発したような感じがした。先ほどの白石との会話を思い出してみる。

「日曜空いてるかな」
「え、うん」
「ほなそのまま空けといてや」
「いいけど、何かあるの?」
「うちな、その日誰もおらんねん。そやから家に呼びたいな思て」
「白石宅に私がですか」
「うん、アカンかな」
「…あ…アカンくないです…!」


再び頭の中が爆発した。ボンッとポップコーンがはじけるよりも激しい爆発音が頭の中に響いたような気がした。それってつまり、つまりそういうことなのかしら…!
やっぱり気合を入れていくべきなのかな、勝負下着というやつを着ていかないとまずいのかな。いやでもそんながっついてると思われたら嫌だし。そもそも白石はきっと積極的すぎる女の子そんな好きじゃないだろうしな!何も期待しないで行ったほうがいいよね。でも今まで付き合ってきた中でそういう雰囲気になったことがなかった、とは言いがたい。もしかしてもしかしたらってこともあるかもしれない。だってそういうことを望んたから白石は私をお家へ呼んだってこと、だよね。そこで普通の下着だったり上下ちぐはぐだったりしたら、やはり白石をがっかりさせることになるんじゃないのか。いやいやいや早まっちゃいけない。私の勘違いかもしれないし考えすぎかもしれない。ただ単純に家へ招待したかっただけかもしれないし!
家へ呼ぶのだって、部活やなんやで疲れてるし、でも私と一緒に居たいって思ってくれてるから、じゃあ家でのんびりしたいなって思ってのことかもしれない。きっとそうだ絶対そうだ。ビンゴだろこれ。やましいことなんてないし、私たちはまだまだ子供の域から出ません、はいオッケー。

「やっぱ無難に白やろ!あとレース!」

あぁあぁぁぁあぁぁもうっ!!


やってきました日曜日。ここまでの数日間考えることといったら白石のことばっかりだった。あの時交わした会話が頭からずっと離れず、ずっと自分との葛藤が続いていた。結局、何があってもいいという覚悟のつもりで持っている中で一番可愛いと思う下着を着けて参った所存でありますっ!
服装もかなり時間をかけて選びに選び抜いた傑作のコーディネートで決めてきた。私のセンスを総動員したおかげか自分でいうのもなんだけど、白石の隣に並んで街を歩いても白石が笑われることなんてないくらいに可愛い。上からなのか下からの物言いなのか微妙な例えだけど。
白石と書かれた表札の下のインターフォンを震える指で押す。押すまでに何度出しかけた手を引っ込めたことか。ドキドキがはやくもとまりません。

はーい、と言って玄関を開けた白石の表情はとてもニヤついていて一瞬ゾクっときた。

「俺しかおらんのやから普通に押したったらええのに」
「……まさかみ、見てた!」
「ばっちりそっから見とったわ」
「気付いてたなら出て来てよ!」
「いやあまりにも名前(菊崎)が可愛かったから、つい意地悪してもうた」

かんにんな、と白石はいつもの優しい笑顔を浮かべて私の頭をくしゃくしゃと撫でた。撫でた後、せっかく髪可愛かったのにすまんと慌てたように少しだけ乱れた髪を直してくれた。そんなやり取りや白石が私を見る目や手つきが優しくて嬉しくてついつい笑顔になってしまう。私の緊張がほぐれたのに気付いた白石は小さく息を吐いてから「くつろいでってや」と笑った。

白石の部屋に通される。白石のことだから散らかってはいないと思っていたけど予想以上に片付いていてびっくりした。ていうか物が少ない。片付けるよりも散らかす方が困難だとさえ思ってしまう。無駄が嫌いという彼の性格からして必要最低限のものしか部屋に置いていないのだろう。

「なぁ」
「うん?」
「提案なんやけど」
「なんでしょう?」
「そろそろ名前で呼びあわへん?」
「え、」
「俺いつも名前(菊崎)って呼ぶやろ。そっちも蔵ノ介とか蔵とか蔵リンとか」
「……白石じゃだめなの…?」
「うちに来た時、おかんたちの前で白石なんて呼ばれても家の人間みんな白石やから誰のことか解らんやろ」
「そうだけど」
「それにや、近い将来自分やって白石になるんやで?今の内から慣れといた方がええんちゃうかな」
「…そうだね、ってええええ!」

顔が熱くなる。さらっと口にしてますけど白石さんそれってつまり私とあなたがトゥギャザー人生フォーエバー!ってことですよね?!私たちまだ未成年だし中学生だしそもそもお互いに結婚できる年齢に達してもいないんですよ、それなのにもうそこまで考えてるんですか!いやいやいや待て自分落ち着け、サラッと言えたってことはそんな本気じゃないけど乗りで?みたいな感じなんだようん流れ的発言だよきっと。あ、あれなんか悲しくなってきた…どうして素直に喜べないの!
軽々しく言われたからそれともこのタイミングだから?でもはっきり結婚しようとか言われたわけじゃないし、白石はもしもの話をしているだけであって…あれやだなまた悲しくなってきた。違うんだってそういうんじゃなくて……

「…し、……」

白石の方を見ると腕で顔を覆っていた。少しだけ見えている耳が赤くなっている。うわ、白石でも顔赤くすることとかあるんだ…可愛い。

「今の、忘れてくれん?」
「えっえええ」
「や、今そんな無責任やと思われそうなこと言うもんちゃうよな…また今度改めて言わせてもらうわ」
「いや、改めてってそういう…ま、う、うん、あの」
「あー重い男やと思ったやろ今……はぁぁ」
「おお思ってないよ!すごく嬉しかったです…」
「……………」

ぎゅう、白石の手を握る。ドキドキの音がチクタクと動く秒針のようだと思った。一定の速さで鼓動をうつそれは私の耳にひどく響いて他の音を聞かせてくれない。自分の心臓の音と、白石の声しか聞こえない。さっきまで微かに耳に届いていた時計の音が今はまったく聞こえなかった。

白石とこんなに長い時間、目を合わせていたことがあっただろうか。お互いをこんな至近距離で見詰め合ったことがあっただろうか。ドキドキが止まらない。まともに白石の顔が見れない、見られていることが恥ずかしい。どうしよう、今もし鼻がかゆくなって鼻だけ動かしたら幻滅されてしまうかもしれない。もしもくしゃみが今出てしまったら唾が白石の顔面にかかること間違いなし。そうしたら、そうしたらきっと嫌われてさっき言ってくれた未来白石計画というのもなくなってしまうかもしれない。ああどうしたらいいのかしら!白石名前(菊崎)かぁ…いつか私も白石と同じ苗字を名乗る日が来るのかな。本当に来たらいいな。そのためには今ここで鼻がかゆくなったとしてもくしゃみが出そうになったとしてもなんとしてでも乗り切らなければならない。でもでもだがしかし!白石が目も逸らさずにこっちを見てると思うと今にも鼻がムズムズしてきそうだ。
白石の右腕が首の後ろを捉える。白石の顔がさらに近くなって目の前いっぱいに白石。唇が触れてしまいそう、
――……えっ…――?


「…なんで避けるん」
「…あ、や、…ちがくて…」
「……………」
「……うっ…」
「涙」
「ちが、まだ泣いてないよっ」

ぽろり、こぼれるように涙が流れ落ちた。白石がびっくりしてる。とても悲しそうな目をしてる。何やってるんだろう、私。

「そんな嫌やった?」
「い、嫌じゃなかった…けど」
「けど?」
「よく解らないよ…っ!」

一人でわあわあ騒ぐ私から少しだけ距離を取った白石はそのまま私から背を向けた。それが悲しくて寂しくて、さっきの白石もこんな気持ちになったのかと思ったら罪悪感とそれから悲しさが一気に胸の奥まで流れ込んできた。

「びっくりさせてごめんな。怖がらせるつもりはなかったんや」
「怖がってなんかないよっごめんね!」
「気にせんでええから――」
「…ね、こっち向い、」
「――今から言うこと聞き流してええからそのままでおってや」
「……………」
「アホや思われるかもしれんけど俺な、名前(菊崎)とキス出来んってなったらほんまに…死ぬんちゃうかなって本気で思ってまうくらい名前(菊崎)のこと好きやねん」
「…………っ」
「気持ち悪いやろ、傍居りたくない思ったら今の内やで」

離せなくなってからじゃ遅いで、そう白石は言って体を丸めて頭を腕で覆って隠した。

「ごめ、ね…ごめんなさいっ」
「名前(菊崎)、人の話きいとった?あかんて、離せなくなるやろ」
「聞き流していいって言ったよ、離せなくなっていいよ…離さないでほしい、です」

丸まっている背中を思い切り抱きしめる。愛しい、そういう気持ちが心の中に納まりきらないくらい痛いほど解った気がした。きっとこんな風に苦しくなるくらい相手を大切に想って手放したくないって思うことを愛しいって呼ぶのかもしれない。

「お願いします、こっち向いてください」
「そのお願いは聞けそうにないわ、こんな顔見せられへん」
「…蔵ノ介、って呼ぶからこっち向いて」
「ん、」
「そんなすぐ向くなんて…」

赤い頬が恥ずかしいのか白石はさっきみたいに目を合わせてくれない。少し下に向いた視線は私を見てはくれない。長い睫が瞳を隠す。

「もう一回だけ、今度は逃げないから来てください」
「来てくださいって…めっちゃ待っとるし!」
「もうびっくりしないよ……ドキドキはするけど」
「あーもうそんな構えられたら出来るわけないやろ」

くしゃくしゃと頭を撫で回される。目をあけると嬉しそうだけど照れが混じった顔の白石がいた。

「えぇーっ!」
「ドキドキしすぎて動けへんわ!」
「それっそれがいけないんだよ」
「な、何がや」
「そんなドキッとくるせりふをサラッと言っちゃうから緊張しちゃって…しちゃって…だから…しちゃうんだよ」
「…い、わせてもらうけどなぁっ」
「なに」
「名前(菊崎)がそない可愛い反応するから言いたくなるんであってやな、サラッと言っとるわけ違うで」
「なっだ、だからっだからですね?!」
「自分が俺に口説け言うとるんやで」
「そんなこと言ってな、…い」


ちゅ、短いリップ音がして、私の言葉は途切れた。え、もしかして私今ちゅーされちゃったんですか。

「今、ねえいきなり…え、うそちょっと待って」
「ん、ごめんな」
「へっ、あっ…!?」

きゅ、指が絡み合う。いつの間にか手が繋がれていた。白石の空いた手が優しく頬を包む。少しだけ動いたら唇が白石のそれと触れてしまいそうだ。白石が微笑む。それを合図のように私のまぶたは自然と落ちていく。
体温が優しく溶け合う。このままアイスみたいに溶けてしまいそうだ。――蔵ノ介とだったらそれでもいいな、なんて。







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