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真っ黒い液体を彼女が斜め上を向きながら睫に塗りたくっているのを横でじっと見ながら、女ってのは大変だなと欠伸を漏らしつつ考えた。
朝起きて顔洗って飯食って歯磨いて着替えてから化粧台に座るのが彼女だった。毎日毎日マスカラを塗ったり朝から疲れないのか、俺が女だったらこいつと同じように毎日化粧をするのだろうかと考えて、たぶん俺だったら真似できないと答えを導き出した。朝からこんな面倒なことはきっと俺にはできないだろう。男でよかったなあと彼女が忙しく動かす手を見ながらぼんやり思った。

「なあ、何でそんな面倒なこと毎日するんでェ。女ってのは朝からそんなことしてて疲れないんですかィ? 」

大変だねえ、なんてのんきに呟けば彼女はこちらに顔を向けずに鏡の前の自分の顔を見ながらうーんと唸った。そして顔をまた斜めにずらして右手を動かし始める。化粧をしている時のこいつの顔はあんま可愛くない。下手したら動物園のチンパンジーに間違われてしまうかもしれない。
右手を止めた彼女が、満足そうに「よし!」と鏡の前で口角を上げる。
マスカラを塗りたくった目を俺へ向け、ピンク色しながら光る唇を歪めた彼女は、俺を見るなりむっとしたような表情を作り、「総悟に、可愛いって思われたいからがんばってるの」と言った。頬に若干赤みがさしていたのは化粧のせいなのかどうなのか。

「ああ、なるほど」


化粧を施した後のコイツは、確かに可愛いかった。