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珍しく甘えたさんな彼にされるがまま(後ろから抱きしめられてるだけだけど)、お昼を済ませて、背中を彼に預ける。そういえば清はいつお昼食べたんだろ。 私がお弁当を食べている時も彼の腕は私の腰に回されていた。まあいいか、それほど深く考えず携帯で時間を確認してからそろそろ授業の準備をしないと、と立ち上がろうと腰にある手を退けるように手を置いて立ち上がる。腰を浮かせたところで、ぎゅうとさらに力を込められ再び清の膝に腰を下ろされる。このまま立ち上がらせてもらえると思っていただけにちょっと吃驚。 仕方ないなぁ。立ち上がることは今は諦めて、ふーと長い息を吐き出しながらぽんぽんと腰に回されている彼の腕を撫でるように叩いた。膝を立てて、膝の山に顎を預けながら吐き出した白い空気の流れをぼんやり眺めてみる。2月って確か一年で一番寒い月なんだっけか。誰か忘れたけどそんなことを言っていたような気がする。事実かどうかはわからない。だって私からしたら12月の方が寒いってイメージがあるから。私のイメージってだけだからこちらも信憑性は保証できない。やっぱ2月が一番寒いのかなあ。でも2月の次って3月じゃん、春じゃん、あったかいよねえー。とにかくまだ2月で、室外は北風の配下と化していた。吐き出した息はうっすら白く染まりながら空気に混ざって消えていく。白い煙のようなものが消えていく様を見ていると、空の一部がそこにあるような気がしてなんだか楽しくなってきた。 寒いのはあんまり好きでもないんだけど、こういう気持ちになれるのは嬉しい。 「どうしたの?」 「なにがー?」 「今日はやけに引っ付きさんだね」 「んー、別に」 「お昼食べたっけ?」 「食べてたじゃん」 「私じゃなくて清が」 「まだ」 「休み終わっちゃうよ」 「そうだねー」 そうだねー、って。ゆるゆると話す清の声は穏やかで、どこか楽しそうでもある。いつもみたいにへらへら笑ってるんじゃなくて、もっとこうふにゃふにゃみたいに笑ってるから本気で心配になってきた。もっと分かりやすく説明すると、茹でたそうめんみたいな感じ。いや、普段の清はそうめんみたいにぽきぽき固かったりもしないんだけど。どっちかっていうと普段は生うどんだよねぇ。自分の思考がおかしくって小さく笑いが漏れた。例えが食べ物ばっかだ。 「次ってなんだっけ」 「歴史だったと思う…そういえばテストもうすぐだね」 「うげ、お腹空いてきちゃうね」 「今食べちゃえばいいのに」 「へ?!」 「え、なに、」 「い、いやなんでもない! なんでもないよ、うん!」 「さっき購買行ってたじゃん」 「ああ、うん、行ったんだけど財布持ってくるの忘れちゃって…はは」 「ラッキーな千石くんが珍しいね!」 「う、うん、俺のラッキーも尽きちゃったのかなあ…なんて」 「それはないと思うけど」 「そうだね、君が居てくれるだけで俺はラッキーでーす」 「そういうことサラッと言うのやめてね、なんて返していいかわかんない」 「んー」 さっきと同じようにのんびりと清が返す。だからその間延びした声は何を意味してるんですか。「あんま可愛い反応されると俺も困っちゃうな、調子乗るよ?」 そう言って、腕に力が込められる。ぎゅう。お腹に圧迫感が押し寄せる。満腹にはちょっと苦しくて、腕の力を緩めるように頼むと「やだ」、とわがままを言いつつも力を抜いてくれた。それがんんか、おかしくて可愛くて、膝に顔を預けて小さく笑った。前に倒した背中に、ぬくもりが降りてきて耳のすぐ横に清の呼吸を感じた。ひっつくように抱きしめられるのってあったかいんだけど…気恥ずかしいや。だって、私の背中と清の胸板の距離が0で、いや…変な言い方だけど衣類のせいで5ミリくらいかな。とにかく5ミリとか1ミリしか距離がないんだよ。 「そろそろ予鈴鳴るね」 「なーんか今日はサボりたい気分なんだよねー」 「次歴史だもんねー。じゃあ私は教室行くから。はなしてー」 「え、この流れは 私も一緒にサボるよ、とかそういう感じでしょ?」 「知らないけど」 「一緒にここにいよーよ」 「えー…ちょっと考える」 「うん」 清が一緒に居たいっていうんなら、私も一緒にサボるに決まってるんだけどそれをすぐに即答してやるのもなんか嫌だったから意地悪してみる。意地悪になってたかどうかは分からないけど。清にはきっと私の考えもお見通しなんだろうなあ。こういう時女の子に慣れてる彼が疎ましく感じる。私の先入観だから実際にどうかはわからない。こういうの被害妄想とか自己嫌悪っていうんだよね、たぶん。 ずっと頭を下げてたせいで首が痛くなってきた。頭を上げようとしたところを、生温いものが首の後ろつまりうなじを下から上へと這った。短い悲鳴のような声が喉から出る。そんな私の反応を楽しそうな嬉しそうな顔で清が見ているのがちょっと、いやすごく恥ずかしくて悔しかった。楽しそうに喉で笑う声が耳の後ろに聞こえる。くつくつと一頻り喉で笑った清が、ふうと息を首筋に吹きかける。舐められたところが冷たい。真っ赤な顔も気にしないで清を睨むと、言葉だけの謝罪が返ってきた。悪いと思ってない! 一人だけ楽しそうで悔しくて鼻フックかましてやろうかと思った。 「な、…な、っ」 「舐めちゃった」 「ちがっ、くて! 何すんの!」 「目の前にあったからつい」 「ついって…! 普通目の前にあっても舐めないし!」 「俺ってそういうタイプなんだって」 「清のタイプなんてどうでもいいけど!」 「あはは」 文句の一つや二つ言ってやろうと思ったけど、ちょうどよく鳴ってしまった予鈴のせいで機を逃した。 「あ、授業始まる…」 サボり決定だね、にこりと笑った清に今度こそ鼻フックの一つ二つかましてやろうかとも思ったけど今度もなんとか耐えた。照れ隠しで暴力はいかん、いかんぞ私。 「お腹空いたな」 「ば、バカじゃないの今更バカでしょバカだよね、バカキヨバカ」 「(5回もバカって言った…!)」 「あと3分で本鈴鳴っちゃう…」 「だから二人でサボろーって」 「ここじゃ寒いからやだ」 「じゃ、あったかくなることする?」 「は?」 「お昼よりも君が食べたい、」 なーんて。おちゃらけた顔と真面目な顔をちらつかせながら耳元に唇を寄せる清の腹に肘鉄を食らわせる。腰にある腕の力が緩んだのを見逃さないで急いで腕の中から非難する。 「私、優等生ですのでー」 「あらら、連れない…イテテ」 「それじゃーね」 お返しのつもりで、清のすぐそばに落ちていた焼きそばパンの袋を開けて(なんだお昼あるじゃん)、口に突っ込んでやる。くぐもった声をあげながら涙目になる清のほっぺにキスをしてそのまま逃げるように階段を駆け下りた。ざまーみろ! 照れ隠しの暴力もやっぱりありかな。愛なら仕方ないよね。 愛だけに相変わらず そりゃ男ですから /生 |