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ツナは私の仲間で、同士のようなもので、戦友だと、思ってた。ダメツナと呼ばれている彼の陰で、私の存在があったことを誰が知っているだろう。運動もダメ、勉強もダメ、全部がダメ、そんな私の前にツナがいた。ツナのおかげで私は、イジメられることもからかわれることも、笑われることもなかった。補習仲間でダメ同士、ずっとそう思ってた。少なくても私はそう願ってた。ずっとそうだって思ってた、ツナは私を裏切らない、仲間だって決め付けてた。私と同じはずなんだと、どこかで彼を縛っていた。そんなツナが今じゃすごく遠くに感じる。一人だったツナの周りは賑やかになったし、運動もいつの間にか山本と並べるくらいにまでなってた。勉強はそれほどでもないけど、全然ダメだったちょっと前とは見違えるくらい出来るようになってた。ツナは私を置いてどんどん先に行くね。私のことをどんどん遠ざけちゃう。私を置いてどんどん進んで、変わってく。
彼は、ダメじゃなくなってた。なによりも、ずっと男らしくなって、頼もしさみたいなものが出てきたと思う。それがなんだかすごく寂しい。私しか居ないと思ってたら、ツナにはたくさんの人が周りにいるようになった。私しか頼る人がいないと思ってたら、ツナは頼られる側になっていた。それが悔しかった。変わっていくことを肌で感じているのに、引き止めることが出来ない。追いかけることもできないまま立ち止まってる。仲間だと思っていた彼はいつの間にか昇格して、敵にすらなれる位置を手に入れていた。
補習が一緒になっても、彼はうんと先を歩いている気がする。同じ補習を受けているはずなのに、差を感じてしまうのはどうしてだろう。

「ツナ、」
「え、何?」
「最近何かあった、?」
「えっ、な、何かってなんだよ何もないって! はは…」

シャーペンを握ったままツナの手が落ち着きなく動く。照れ隠し? 何を照れて、何でそれを隠す必要があるのか、疑問を抱いた。隠し事をされているみたいで、むかつく。それと同時に悲しくなった。前は結構なんでも話す仲だったのに。

「……うん」

机の上に散乱している中から一枚の真っ白いプリントをたぐり寄せる。
名前を書きながら、少し前までのツナを思い浮かべた。懐かしくなった。

「ダメツナじゃ、なくなったよね」

自然とこぼれた言葉に、何故だか口角が上がる。ツナは吃驚したように目を見開いて私を見てから、そんなことないよと慌てて否定した。

「ツナ、変わったよ」
「だからそんなことないって!」

謙遜するように否定し続けるツナはとても必死そうだ。ただの照れ隠しか、謙遜か、本気で否定してるのか。分からない。焦ったようにツナが顔を赤くしたり青くしたりするものだから笑ってしまう。

「私…ダメツナって呼ばれてたツナの方が好きだったな」
「はあ?!」
「ツナがいてくれたおかげ」
「な、何言ってんの? よく分からな、」
「私はダメなんかじゃないって、ツナをどこかで見下してた」

日付を書き終えた所で、シャーペンを離した。指先に力が入らなくなったからだ。ツナのプリントは相変わらず真っ白いままだった。名前すら書かれていない。

「何で、泣いてんだよ」

これじゃまるでオレが泣かしてるみたいじゃん、あたふたしながらツナが言う。ツナに言われるまで泣いてるなんて気付かなかった。眼球が痛いなとは思ったけど。
ポケットを漁ってハンカチを探す彼の姿がどうしようもなく愛しく思えた。

「そ、そーゆーことにしといて!」

ツナのせいで私がこんなに悔しくて苦しくて寂しい思いして泣かしてるんだから。頬の線を伝った涙がプリントの端に落ちてそこを薄い灰色に染めた。一人になるのが怖い。ツナしかいない、それは私の方だった。ツナは私を必要としてない。私が、彼を必要としてるだけだ。ツナにも、私しかいないんだと勝手に思い込んで、気付いた時彼はすでにみんなの中に浸透していた。
ダメツナとしてじゃなくて、沢田綱吉として。元々一人だったとも知らないで。気付いた時、本当のことを知った。

「今更ずるいね、ツナ」

スカートの裾をきつく握った。手を膝まで持ってくるときに触れたシャーペンがプリントの上を転がってツナの目の前で止まる。ツナが困惑した表情を浮かべながら気まずそうに転がってきたシャーペンに視線を落とす。ツナの手には、使用済みの(ランボくんが鼻をかんだと思われる)カチカチのティッシュが握られていた。

「私も、一緒がいい、」

手で目元を乱暴に拭う。どうして泣くのかわからない。私もみんなの中に入れてほしいから? 私はまた、ツナを利用する気なんだろうか。

「どうして、変わっちゃうの」

悔しい寂しい、悲しい怖い。ツナの悲しそうな目が、私を責めているようで痛い。ダメだと言われているみたいで怖くなった。怖くなって、怖くなって、手で顔を覆う。真っ暗だ。

「どうしたら、私もツナみたいになれるの…?」

頬を伝う涙が痛い。

「一人になるのは、いや」

涙で濡れた手のひらを握る。握った指の隙間から涙の残りが逃げていく。濡れた手が気持ち悪くて、すごくイライラして、机に叩き付けるように拳を机の上に落とした。ツナの目が再び見開かれて、肩が飛びはねた。小さく悲鳴も聞こえた気がする。


「子供みたいなこと言うなよ」
「ツナには、わかんないよ!」

ダメツナのままでいてよ。でも気付いてしまった。ツナはダメじゃない、ダメなのは私だって。私独りがダメなんだ。ツナはダメじゃなかった。ツナの手が、机におろされた私の手をつんつんとつつくように触れた。
ひどく困り果てているようだった。迷惑、かけてる。ツナの優しさにつけこんでるだけだって、分かってる。ツナに直接突き放してもらわないと私はいよいよダメらしい。ツナが泣きそうな顔してる。ごめんね、私のせいだね。

「お前さあ、何言ってんの」
「……………」
「オレ、何にも変わってないんだ。ダメのままだってホント!」
「ダメじゃないし。ツナ今じゃ勝ち組じゃん」
「(勝ち組でもないし!) じゃあ名前だってダメじゃないよ」
「私はダメだよ、負け組みだよ。何も出来ないし」
「出来るって! 何言ってんだよ、名前今日変だぞ」
「お世辞なんていらない」
「お世辞じゃないってー! むしろ名前の方がオレよりすごいよ!」

苦笑いを見せながら必死に慰めてくれるツナに、もっと泣きそうになる。私は、笑えない。そんな大人みたいな顔しないで。前みたいに、子供のように慌ててよ。私が知ってるツナは、そうしたじゃない。

「一人はいやなんだろ?!」
「いやだよっ!」
「だったら名前も来ればいいじゃん! どこに行くのかわかんないけどさ! つーかオレどこにも行ってないからね?!」
「私、ツナみたいになれない」
「オレに連れてけって言ったの名前だろ。それにまずオレを見習うのがダメでしょ!」

そうだけど、そうじゃない。私は誰かと比べて、誰かの上に立っていたかったの。人ってみんなそういうもんでしょ?
ツナは違うかもしれないけど、私みたいな人間だっているんだよ。私みたいに醜い感情を抱く奴だっているんだよ。ツナを見下してた。ツナは私のこと同等に見てくれてたのに。そういう自分があまりに情けなくて、許せなくなる。

「あんま泣かれると困るんだけど!」
「……ごめん」
「あ、いや、ううん」
「……………」
「何度も言うけどさ、オレほんとに何も変わってないから! オレじゃなくて、周りが変わっただけだよ」

ハンカチもティッシュも見つけられなかったツナがシャツの裾で目元の涙を吸いとっていく。

「名前って素直だね、恥ずかしいくらいに」
「っな…!」
「オレならそんなストレートに言えないし、泣けないよ」
「……………」
「名前さ、オレに出来ないこと出来てる」


私以上に真っ赤な顔をしながら喋るツナは、私のよく知るツナで、

「オレ、名前のことすき」

独り言のように、俯きながら喋るツナは、私が探していたツナだった。





/HENCE