Main:short | ナノ
×



仕事を終え自室の襖を開けると時刻は短い針が2を指したところだった。
スカーフを緩めながら髪をかき上げながら舌打ちして汚れたジャケットを脱ぎ捨てる。攘夷浪士による立てこもり事件を片づけるのにまさかこんなに時間がかかるとは。自分の部屋を見渡して、朝から名前と喧嘩したことを思い出す。机の上に纏めておいた筈の書類は床のあちこちに散らばっていて、灰皿はひっくり返り吸い殻が至る所に落ちている…まるで空き巣にでも入られたような有様に思わず頭を抱えた。無造作に投げ捨てられた着物を隅へ追いやると自然と溜息が漏れた。

事件の事務処理が、始末書が……たまった書類整理の事を思い出すが時間ももう遅い。しかも部屋の中は目も当てられないくらい滅茶苦茶になっている。こんな中で仕事が出来るか。

今日はずっと前から名前と出かける約束をしていた日だった。前日からはしゃいでた名前の姿を思い出すと、怒るに怒れない自分がいる。この部屋がこんな散らかったのも、コイツにこんなことさせたのも、全部俺が原因だけに怒りより罪悪感の方が勝った。仕事だから仕方ない、何度言い聞かせたか。何度こいつとの約束を反故にしたか。いつも我慢ばっかさせて。

足の踏み場もないほどぐちゃぐちゃになった部屋の中へ足元に注意しながら進むと、部屋の奥に布団を敷いてその隅で身体を丸めて寝ている空き巣の犯人がいた。しゃがみこんで名前の顔を覗き込むと泣き疲れて眠ってしまったのか、髪が涙の跡に張り付いている。頬に残る涙の跡を指で撫でながら「ごめんな」と謝っても目の前で眠る名前には届くはずもなく、規則正しい寝息だけが返って来くるだけだった。

布団をかけなおそうとして、名前が大事そうに俺の着物を抱いているのに気づく。固く握られた手を解いてするりと着物を抜き取ると、名前が少し身じろいだ。ふっ、と笑って皺が付いた着物に袖を通す。部屋を散らかすだけ散らかしたのはこの馬鹿なのに、寂しさに耐えるように着物を抱きながら眠る名前に愛しさが込み上げた。


「可愛いヤツ」

布団に入り、隅で丸くなっている名前を引き寄せ、何度か頭を撫でてやると無意識なのか頬を摺り寄せながら、小さな手がしがみつくように着物の裾を掴む。腰に回した腕に力を込めて腕の中に閉じ込めると懐かしい優しい香りが鼻を掠めた。布越しに伝わる名前の体温は心地よくこちらの眠気を誘う。
今日も、帰って来れた。例え様のない程の深い安堵感に包まれながら瞼を閉じる。
お前が待ってるから、帰って来れた。






/箱庭・愛執