Main:short | ナノ
×



これの数年後のお話

ごちそーさん、そう言ってから綺麗に食べ終わった食器達をまとめ始める雅治に「おそまつさま」と返して席を立つ。そのままキッチンへ向かい、無造作に置いたままだった鍋達を流しへと移す。鍋を洗っていると食器を持った雅治が隣に並んだ。

「袖、濡れるぞ」

肘まで上げていた服の袖が下がってきたのを見た雅治がほら貸してみろ、と泡がついたままの私の手を持ち上げる。そのまま丁寧に袖をまくってくれた。

「ありがと」
「ん」

お礼を言えば雅治は満足そうに笑う。手伝うと申し出た雅治にそれじゃあと 食器の泡を流すのをお願いする。
狭いキッチンに大人二人が並ぶと結構動きづらい。肘と肘が時折ぶつかってしまうくらいの距離でも嫌じゃないのはきっと隣にいるのが雅治だからだ。少しだけ触れるように肘が当たった。横目で雅治の方を見れば、同じように横目でこっちを見ている雅治と目が合ってそれが何だかおかしくてお互い笑い合う。肘が当たって笑い合うって変なの。
最後にスポンジに残っている泡を洗い流す。ありがとう、そうお礼を伝えるとまた彼は満足そうに笑って、甘えるように私の肩口に頭を寄せた。まるで猫が頬ずりしてるみたいだな、と柔らかい髪が頬に当たってくすぐったいのを我慢しながら思った。
あぁ、確かに雅治って猫っぽいかも。でっかい猫だな、なんて思ったらおかしくてつい笑いがこぼれてしまった。

「どうした?」
「ん?なんか幸せだなぁって思って」
「なんじゃそれ」
「ふふっ」
「変な奴じゃな」

変な奴、失礼な事を言われているのに雅治がなんだか嬉しそうだから私まで嬉しくなる。失礼な奴。そう言って怒って見せようと思ったのに笑ってしまうのだから説得力も迫力もあったもんじゃない。


「ケーキあるぜよ」

食うじゃろ?そう言いながら雅治が冷蔵庫からケーキ屋の箱を取り出した。少し遠くにあるお気に入りのケーキ屋のロゴを見つけて頬が綻ぶ。あそこのケーキ大好き!

「食べるー!」
「はは、元気じゃな」

いそいそとテーブルにお皿とフォークを用意する。ケーキの箱を開けるとフルーツタルトとチョコレートケーキが並んでいた。どちらも私が好きな物だった。余談だがショートケーキはホールでのみ買う派だったりする。

「どっちがいい?」
「えー、どうしよう…雅治はどっちが食べたい?」
「どっちでもええんじゃけど」

お前の為に買ってきたんだから、そう言われて胸の中がかゆくなった。自分の好きな物選んで買ってくればいいのに…って雅治は甘い物そんな好きなわけじゃないから自分の為にケーキ買おってならないか。
緩んでいる口元が更に緩んでしまう。
同じくらい好きな種類のケーキだ、迷わないはずがない。雅治がどっちもはナシだぞと釘を刺してくる。ちぇ。……でも雅治はきっと優しいから一口やる、ってどっちを選んでも絶対分けてくれるんだろうなあ。

「チョコのにする!」
「りょーかい」

雅治がケーキが倒れないように気をつけながらお皿に盛り付けていく。

「飲み物、紅茶とコーヒーどっちにする?」
「じゃあ紅茶で」

何か今日は一段と優しいなあ? 誕生日でもないし、何かの記念日でもないはず。…今日なんかあったっけ?
雅治の様子を見ながら首を傾げてみる。当然だが答えがわかるはずもなかった。

「砂糖はセルフでな」
「はーい」

飲み物もそろったところで、気を取り直していってみましょう。

「プッ」
「なに?」
「ご機嫌じゃな」

片手で頬杖をつきながら雅治が笑う。まるで子供だと。好きな物目の前にしてご機嫌にならないとかないからね。幸せでいっぱいになるからね。当然でしょ?

「雅治の方こそ今日はすごい機嫌よくない?」
「そう見える?」
「え、怒ってんの?」
「怒ってるように見えるんか?」
「ご機嫌でしょ?」

質問を質問で返すところはいつもの雅治だ。意地悪するときはいっつもこれ。
今日の雅治が不機嫌という可能性は見たところ低そうだから、やっぱり機嫌がいいのだろう。これで不機嫌だ怒ってるだ言われたら軽く人間不信になりそうだ。なんないけど。ちょっと大げさに例えただけだけど。
本人は「さあの」なんてかわしてるけど。こんだけ優しいのだ、やっぱり上機嫌に違いない。

「キウイやる。イチゴも」

ぽいぽいと雅治のフルーツタルトに乗っている果物が私のお皿の上に転がる。こんなにもらったら雅治の分なくなっちゃうよ?そう言えば別に構わんよと返された。昔から雅治は大人びている。わがままな性格してるくせに気前いいんだから。早速、新しくお皿に盛られたイチゴを頬張る。甘いチョコレートを食べた後の甘酸っぱいイチゴ、最高だ。最高のタイミングに最高に美味しい。幸せすぎる。こんなにフルーツ分けてくれるなんて、やっぱり雅治は優しい。それにやっぱり上機嫌。ここ最近で一番機嫌がいい日かもしれない。

うまいか?そう訊いてくる雅治にめっちゃ美味しいよと笑顔で答えれば、それはよかったと笑って、雅治は自分の分のケーキに手をつけた。美味しい?今度はこっちから訊いてみる。名前と一緒に食えば何でもうまいよ、なんて…穏やかな顔してよくそんな甘い言葉吐けるな。ケーキを食べてるということもあって胸焼けをおこしそうだ。ダブルで甘い。

「なあ」
「んー?」
「俺のこと好きになってくれてありがとな」
「え…なに急に、」

ケーキを頬張っている所に突然そんな事を言い出すもんだから思わず吹き出すかと思った。落ち着こうと思って雅治が入れてくれた紅茶で口の中に残っているケーキを流し込んだ。あ、これアップルティーだ。好き。
雅治の方を見れば大丈夫かなんて笑っている。え、この人こんな甘ったるいことさらっと言う人だっけ。こんなにストレートに気持ちをぶつけてくる人だったっけ。なんか悪い物でも食べたかな?もしかして別人?ロマンチスト柳生と入れ替わってんの?


「なんか、お前さんにはいっつも怒られてきたな」
「そ、そおだっけ?」
「たくさん泣かして、その度謝って…思えばいつも嫌われたんじゃないかヒヤヒヤしちょった。こんなダメな俺と今まで一緒におってくれてありがとな」
「まさ、どうしたの本当、急に、そんな、」

長年一緒にいるっていうのに、本当に今更なんだけど、照れて言葉が喉から上がってこない。今更照れる間柄でもないのに、おかしいな。おかしいのは雅治なんだけど。どうしたんだろう、死亡フラグでも立ってんのかな。もしそうなら全力でフラグを折りにいかないと。

「俺のこと好きか?」

改めて、そんな真面目な顔して訊かれると困る。何度も言うけど、今更好きって言って照れるようなそんな初々しい関係ではないのだ。もちろん、雅治のことは好きだ。でもなんて返せばいいのだろう。
好きだよ。大好きだよ。もちろんだよ。最上級に好きだと伝えられる言葉ってなんだろう。愛してる?…ダメだ恥ずかしすぎてこの単語言えないわ。ちょっとまだ私には早いみたい。雅治だってそれは一緒だろうな。絶対こいつも愛してるよなんて言えないっしょ。あ、想像したら鳥肌立っちゃった。


「好き、今も昔も、一番好き」

自分を落ち着かせるように、単語を一つ一つ噛み砕きながら吐き出す。あれ、おかしい。好きって言うのがこんなに照れるなんておかしい。

「俺も好き」

おかしい…雅治も、私も。雅治相手に、赤面するなんて、今更、うちらもうずっと一緒にいるんだよ。何でも言い合えるしお互いのことだってきっと一番よく知ってる、解ってるのに。まるで付き合いたてに戻ったような気持ちになるのは何で。懐かしい気持ちが湧いてくるのは何でなの。

「ね、どうしたの」
「これからも名前が俺は一番好きだなって思ったら、伝えたくなっての」

そう言って照れくさそうに頬を指で掻きながら斜め下を向く雅治の姿に心臓が痛くなる。ついでに私も色々耐えられなくなって下を向いた。
もう、なんだっていうの今更ときめくなんて。目の前の雅治はこんな可愛いやつだったっけ。何か今目の前にいる雅治、猫より可愛い気がしてくる何で。



そういえば、最後にお互い好きと言い合ったのはいつだったっけ。

「久々に見たな」
「何を?」
「名前の真っ赤になった顔」
「…それは、雅治が、」
「可愛いな」
「はっ?!」
「照れた顔も、赤くなった顔も、笑った顔も。全部可愛い」

思わず顔を上げると、片方の口角を上げて笑う雅治と目が合って雅治相手なのに顔が熱くなる。雅治の方が可愛くない?今日の雅治は甘えんぼの猫かなにか?
いつからあんたそんな小動物キャラに転向したのよ。

「俺相手にまだ照れてくれるんか?」
「……何か、長年連れ添ったおじいちゃんおばあちゃんみたいなこと言ってる」

手のひらで顔の熱を散らすように仰いでいれば、私を見ながら雅治はなにやら考え込んでしまった。暫くして、何か答えが見つかったのか「うん」と一つ頷いた雅治が「なあ、」と切り出した。

「うん?」
「キスしてええ?」
「…はあ?」
「キスしたいんじゃけど」
「何でそんな流れになるの…って、」

………あれ?
このやりとり前にもしたような気がする。デジャヴ?
そうだ、かなり前、めちゃくちゃ前にも同じようなやりとりをした。何故か急に肩が震えた。い、嫌な予感がする…。
たしか、そうだあの時だ、私が雅治の浮気の現場を見てケンカした時。実際は浮気ではなかったし、ケンカというよりも私が一方的に怒っていたのだが。


「ね、ねぇ」

無理矢理 話題を変えようと雅治に向き直れば、やはりというかなんというか。お約束のごとく雅治によって唇を奪われた。柔らかい唇が吸盤のように吸いついてくる。低くてでも甘い優しい声で名前を呼ばれて、それに答えたくても雅治からのキスで出来なかった。掌握されてるなあ、なんてぼんやりする頭で思った。
貪るようなキス、好きだなぁ。あ、間違えたキスもだけど雅治が、好き。
だんだんと苦しくなって雅治の襟元をきつく握れば、一本一本絡め取られるようにはがされ、その手は雅治の大きな手によって包まれてしまった。

やっと解放されると、体が肺に酸素を取り込もうとして余計息苦しくなった。生理的に目尻に溜まった涙を雅治の指が拭う。こんなに余裕なくしてる私とは裏腹に雅治は余裕そうだ。何かちょっと悔しい。


「これ、貰ってくれん?」

何を、と思っていたら未だに繋がれていた手を目の前に持ってこられた。そこには先ほどまではなかったはずの物が、薬指の先でキラキラと光っている。

「え、これっ…」

雅治が指先で抜けそうになっている指輪を、指の奥へとはめる。真ん中に輝く大きめの石の両隣に小さな石が並んでいる。え、これって、この指輪って所謂あれだよね、傅いて箱パカってするやつ…!頭悪い表現だけどそれだよね。給料三か月分とかいうそういうやつだよね。
突然の事について行けず身体が固まる。目が、左手の薬指から離せない。雅治、今どんな顔してるんだろう。



「じいちゃん ばあちゃんになるまで、連れ添って欲しいんじゃけど」


薬指で輝いてる石からゆっくりと視線を雅治に移す。珍しく頬に赤みが差していた。じわじわと耳から頬なんなら顔全体、いや身体全体に広がる熱をどうすることも出来ず、かといって雅治を直視出来るわけもなく。どうしようもなくなって俯けば、今度は生理的に出たのとは違う涙が膝の上に落ちた。
じいちゃんばあちゃんになってからもずっと連れ添ってやるから、そんな可愛げのない返事をくれてやろうと思ったのに。追い討ちをかけるように「愛しとうよ」なんて雅治が言うから―――



Let's stay together.


返事も出来ないくらい、自分でもわけがわかんないくらい、わんわん泣き出した私を雅治は優しく抱きしめる。言葉の代わりに、雅治の背に腕を回してきつく抱きしめながら何度も大きく首を縦に振った。

余裕そうに見えた雅治の心臓は、私のそれよりもずっと、ずっと速かった。



/後で冷静に「あ、雅治は愛してるって言えるんだ」って何故か悔しがってればいい思う。鳥肌は立たなかった模様。