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もうすっかり秋だなあと独りごちる。空の色が変わる速さも、体を過ぎ去っていく風の冷たさも、スーパーやコンビニに並ぶ商品も、徐々にこの前までここにはなかったものへとなっていく。
日が落ちるのももうずっと早くなった。あと10分もしたらきっとこの街の空から朱が消えていくだろう。
私と仁王は5時の鐘と共に子供たちが帰った後の公園のブランコに座っている。仁王の手にはホットカフェオレが、私の手にはコーンポタージュが握られている。しばらく逆さまにしていたポタージュのプルタブを開けると仁王の方からキィと鉄の錆びた音が聞こえた。ポタージュをすすりながら上目で仁王を見れば、仁王は真っ直ぐどこか遠くを見つめるようにブランコに立っていた。

「もう秋じゃなぁ」
「そうだねぇ」

さっき私が思っていたことを仁王が口にする。胸が温かいなあと思ったのはきっとポタージュだけの力じゃない。この前までちょっと気をつけて耳をすませれば蝉の鳴き声が聞こえていたというのに、今じゃ耳をすませてもこおろぎたちの静かな鳴き声しか聞こえない。夏の風物詩からいつの間にか秋の風物詩に移り変わっていた。ここにももう夏は残ってないのかもしれない。

かしゃん、激しく鉄がぶつかり合う音と、私の体に振動が伝わってきて仁王がブランコから降りた。仁王はポケットに入れたホットカフェオレを取り出すと私の目の前にある枠に腰掛けた。

「俺、お前やテニス部の奴等と一緒に居れて幸せじゃ」
「におう…?」

今ここに居ることが俺の幸せで、ここに居れることが今の俺の全てじゃ。
そう切なそうに微笑んで、きっと冷えてるだろうカフェオレを啜る仁王はいつもの丸井たちとバカやってる仁王じゃなかった。そんな雰囲気が私にも解るなんて、よっぽどのことなんじゃないだろうか。
幸せだと呟いた仁王は次に、ちょっと俺の話聞いてくれんか、そう続けた。私はもちろん首を立てに振る。
いつもと違う仁王に戸惑っていたし、心配だったし。どっかに行ってしまうような、いつもフラフラしてる仁王が本当にふらりとどこかえ消えてしまうんじゃないか不安がよぎったから。それから、私自身が仁王をもっと知りたいと思ったから。聞いてくれと頼まれる側というより、ぜひ聞かせてくださいお願いしますと頭を下げている気分だ。
ありがとな、仁王は私に向けて笑うと少し頭を下げてぽつりぽつり思い出を語るように話し出した。


俺の家はいわゆる転勤族ってやつだったんじゃ。ひどいときは一ヶ月ちょいで引っ越したりもしたな。 そんなわけか友達が出来づらくてな…だから今俺の周りにいてくれる奴が居てくれて本当に嬉しいんじゃ。この喋り方が珍しいってここの奴らは俺に興味示してくれた、最初は興味本位やったかもしれんが今はきっと俺自身を見てくれてると信じちょるよ。
……忘れんでほしかったから始めたんじゃ、みんなに俺が居たことを覚えててほしくて。ほら、こんな喋り方しちょる奴そうそういないじゃろ? おかげで覚えてもらいやすくなったんかたまに遊びに誘われるよ。みんな遠くて行けんけどな。



そう言いながら笑った仁王はきっと寂しかっただけなんだ。ペテンなんてただみんなの心に残りたいがための意思表示。詐欺師なんて呼ばれてるけど、本当はただの寂しがり屋なだけ。今もきっと友達に囲まれてても寂しいと不意に思うのかもしれない。私がいるよと仁王に笑ってあげたかったのに、目の前がうるうるしちゃって笑ったらぽろぽろこぼれてきそうだったから、仁王に顔は向けずに 私も幸せだよその一言だけ返した。





「って同情したんだけど!あいつ生まれも育ちも神奈川だったよ今も昔もあの家だったよ!」
「アホだろお前」
「あんの厨二病詐欺師がぁあ!」





「…嘘か本当かくらい解りんしゃい」
「だまらっしゃい!」
「今度から嘘の時は語尾に“ぷ”ってつけるわ」
「何で、ぷ!?」
「好きでぷ」
「ダウトッ!」
「可愛いでぷ」
「嫌い、でぷ」
「可愛い、好き」
「ぷ」
「今のは嘘じゃなか」

「お前そろそろ仁王に慣れろよ」
「…はっ!不覚にもドキリンチョきた」
「はいアウト!かっこうのカモだな」
「じゃから本当…(丸井め)」
「“お前の前では”っていうのには一番警戒しろ」
「う、うん!そうだねまったくだよ!」
「仁王対策しとけよちゃんと」
「よし頑張る!」
「…これは先が長くなりそうじゃ」


/半分の本当と半分の虚言