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この差は何だ。この理不尽さはどうなんだ。不公平だ、などと延々考えていたらどんどんイライラが蓄積されて、自分ひとりに言い聞かせるように吐く暴言や罵詈だけじゃ溜まりに溜まったイライラを解消することが出来なくなっていた。おかしいのだ、これは。何で私にはあれこれ言うくせにアイツは私のいうことを何一つきかないんだろう。別にあれしちゃだめこれしちゃだめなんて言ってるつもりはない。もう少しだけ私のわがままに付き合ってほしいだけなのだ。私には一人で夜出歩くなだとかスカートが短いだとか他の男と喋るな笑うな仲良くするなとか言い張るくせに、アイツは私のことなんぞお構いなしに女の子に笑いかけるわ笑顔振りまくわ女の子からもらったもの普通に受け取るわで全然公平じゃない。別に笑うなっていいたいわけじゃないし、物をもらうなとも言わない。だから私も笑ったりスカート短くしてもいいよって言って欲しいだけ。私はアンタのお人形さんじゃないのよわかってんの?!って言ってやりたいだけ。自分を棚に上げるのはおよしなさい、そう言ってやりたいだけなの。
イライラする、イライラし過ぎてどうにかなっちゃいそうだ。イライラし過ぎてすれ違う人たちを何の恨みもなく睨んでしまった。イライラする、あーイライラする。考え出すと止まらない。考えたら考えただけイライラが沸いてくる。悪循環。イライラして、イライラして、教室のドアを蹴り倒す勢いで開けた、もちろん足で。それからドカっと椅子、ではなく机の上に座る。しかもあぐらで。教室にいた人がどうした、何かあったのかという目で見つめる中私は考えていた。このむしゃくしゃする気持ちをどう鎮めようか、を。

イライラの原因は何か、その答えはとうに出ている。ではどうしたらイライラは納まるのか、それはまだ考え中。とにかく何か行動をおこしてみたかった。そのイライラの原因は何食わぬ顔で教室に入ってきた。しかも女連れ。しかも笑顔。あれが私で隣には男子がいたら真っ先に飛んできてあーだこーだ口うるさく私に説教垂れるくせに。もし私がここであーだこーだ問いただしたとしてもあいつはヘラヘラ笑いながら 「ごめん、ごめんって。ね、機嫌直して?」 って私の機嫌を取るに決まってる。そして甘い言葉を吐いて私の怒りを、紅茶の中に入れた角砂糖をスプーンでかき混ぜるように溶かしてしまうんだ。
それが、千石清純という男だ。清純なら清らしくしなさいよね、女タラシが!

とことん私もバカだと思う。何で私もあんなダメ男がいいのか疑問を持つけれど、好きなものは好きなのだから仕方ないと割り切る。だけど、私とアイツの不公平さを割り切るのとは、また別の話。この辺はきっちりしてもらわないとね。私だって何されてもいいってわけじゃないし、好きでいられる自信をなくす時だってある。いつ嫌いになっちゃうかわかんない。別に嫌われてもいいよ、なんて言われたらその瞬間心臓止まっちゃいそうだけどね。
女の子と分かれた所を見計らって、ひょいと机から降りて清のところまで歩いていく。顔には笑みを、背後には怒りを忘れずに。清の顔が強張ったのが見える、更に笑顔を深くさせるだけだ。「目が、笑ってない」そんな声がどこからか聞こえた。


「また浮気ですか?」
「は? いやだなぁ違うよ」
「別に何でもいいけど、私の気持ちわかってんの」
「え?」
「私は清が好きなの、清もそうだと思ってた」
「ちょ、待って…俺も好きだよ」
「私じゃない子と楽しそうにしてるのに?」
「あれは、友達でしょ?」
「私にはダメって言うのに?」

きっぱり言い放った私に、彼――千石清純は苦笑いを作った。
ここで、やきもち妬いたんだ? なんていつもの調子で言われたら「そーよ悪い?」って答えられる自信がある。ええ、ええ嫉妬しましたとも。嫉妬されたくて女の子と楽しそうにしてるってこともわかってるわよ(女好きな彼だから実行するなんて糸も容易いでしょうよ)。私だってたまに、今の清と同じことしてみたくなることだってあるもん。した後がめんどくさいから、わざと他の男子と楽しそうにしようなんて、計画だけ立てて実行には移さないんだけど。
イライラする、清の目的が分かってたとしても、イライラしちゃうのって抑えられない。それは好きだから、って答えになるんだろうけど割りに合わないって理由も含まれている。そんな試すようなことしなくても私は清を好きなのに、むかつくんだよね。出来れば他の子を見ないでほしい。出来たら、他の子に構うのやめて私に構ってほしい。ずっとずーっと、そんなこと考えてるからイライラはちっとも減ってくれやしない。あー、もうむかつくなあ!

「私だって怒ることもあるんですよー」
「え、話が見えない…なぁ」
「うそつき、だいっきらい」

そう言えば清は目を見開いて慌てたようにあれこれと言葉を並べる。話が見えないなんて嘘。嘘。嘘。うそ、ウソだ。
大きらいの言葉に反応した彼が、慌てて吐き出す言葉はいつもの甘いお砂糖なんかじゃなくてもっとほろ苦いものだった。今更そんな言葉を並べたって私の機嫌が、いつもみたいに直ると思ったら大間違いなのよ。私は私で行動するの。

私の身長にあわせて前かがみになった清の鼻をおもいきりつまんでやると、間抜けな声を出しながらちょっとだけ前のめりになる。あ、涙目。
涙を浮かべながら、鼻声で「なに」と言う。鼻をつままれているせいでうまく喋れないのか「はひ」にしかきこえなかった。何じゃないわよ何じゃ。お仕置きです、お、し、お、き。甘い言葉を吐くすきなんて与えてあげない。

にっこり笑うと清はさあと血の気の引いたお化けのように顔が青白くなった。いつもの私じゃない、みたいに思ってるんでしょう? 当たり前じゃない、怒ってるんだから。くすりと笑うと、肩がびくっと跳ね上がる。一瞬だけ微笑んで、一気に見下すように冷めた目を向けると、清は小さく「ヒッ」とお化けでもみるような目をして悲鳴を上げた。
つまんでいた鼻を離すことなく更に前に引っ張ると私よりも下に清の頭がくる。許しを請う言葉が聞こえるけど無視を決め込んだ。関係ない関係ない。今回は清の言葉じゃ動かされないんだから。 

「ばーか」

ちゅ、と短く目の前まできた清の額にキスを落とす。そこでようやく鼻を開放してやった。強く握りすぎちゃったのか指先が麻痺してた。清の鼻なんて赤くなっちゃってるし、爪が食い込んじゃったのかちょっと跡が残る。
目をぱちくりさせてる清に、鼻をつまんだ時と同じように人差し指と親指を離したりくっつかせたりして見せつけてやれば、彼は怖がる子供のように両手の指先で鼻を隠した。あ、可愛いー。
余程痛かったのだろうトラウマになりかけているらしい。鼻だけじゃなくて頬まで赤いのは気のせいかな。

「次やったらその鼻ちぎっちゃうんだからね!」
「……もうしません…!」


涙目でふるふると首を振る姿は実に 愛らしかったなぁと余韻に浸りながら満足気にふんぞり返っていると、お返しといわんばかりのキスが唇に何度も落ちてきた。……ちょっと待て、ここ教室じゃん!


/アクアマリンの恋