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風紀委員の、いかにも優等生という風貌の黒髪でみつあみお下げの女の子が校門で一人の男子を注意している。
注意されてる男子は慣れたように女の子を交わしていた。女の子の頬が微かに赤らんで見えるのは私の嫉妬からくる見間違えなのだろうか。

「いいなぁ」

机に頬杖をつきながら彼を目で追う。自然ともれた声には誰一人気付かない。風紀委員はいいな。財前くんと喋る口実があって。校門で毎朝財前くんと挨拶を交わせる。顔だって覚えてもらえる。じゃあ私も風紀委員になればという話しなのだがそれだと彼と釣り合わない気がして入る気になれなかった。
財前くんに近づきたくて気付いてもらいたくて、存在を知ってほしくて釣り合いたくて。あまり可愛いと思えない自分を変えようとした。お洒落な財前くんの隣に並んでも笑われないように、財前くんの色に負けないよう派手に着飾った。
地味だった黒髪は明るい色になった。風紀委員に没収された小物を取りに行くとたまに財前くんと会う。それが嬉しくてわざとブレスレットやネックレスを着けるようになった。地味だった顔つきはメイクで派手に変えてやった。そうしたらクラスで浮いてしまっていた。うちのクラスに派手な女の子がいないせいか私だけが目立つようになってしまい、疎まれるようになってしまった。けれどそれでもいいと思った。財前くんにさえ近づければそれでよかった。つくづく重症だ。

イヤリングを買った。財前くんがしてるピアスと同じ色の赤いイヤリング。ピアスには憧れるけど痛そうだし怖かったからさすがに手が出せなかった。昨日買ったばかりのイヤリングは、今朝さっき財前くんとお話していた風紀委員の女の子に没収されてしまったわけだけど。

財前くんは私が怖がってるピアスを5個もつけててすごいなぁ、痛くなかったんだろうか。
財前くんが校舎の中へ入る。それを確認して窓に向けていた目を今度は廊下に向けた。頬杖は頬と手首が疲れてきたから寝る体制で。7組の財前くんは教室へ向かう時必ずここを通る。うちのクラスを通る財前くんの横顔が好き、この時間が楽しい。私ストーカーみたい。恋する女の子って怖いなと自分でも思う。

財前くんが教室の前を通りかかる。私はニヤニヤする口元を自分の腕で必死に隠しながら財前くんの姿が見えなくなるまでじっと廊下を見つめる。彼の動きに合わせて目を動かしていたらうちのクラスの女子の塊に目がついた。あの子たちが私を見る目は冷たい。そりゃそうだ。
前に直接言われたことがある。男子の気を引きたそうで見ててうざい、と。引きたいのは財前くんの気だけなんだ、と言ってしまえたらよかったのに。言えなかった。何故だろう、自分の気持ちを知られるのが怖かった嫌だった。笑われたらどうしようとか、口だけでもあんたなんて不釣合いだなんて言われたら私はきっと立ち直れないとか、自分に都合のいいことばかり言い聞かせてた。

放課後になった。没収されたイヤリングを取りに行くとなんて偶然、財前くんも没収されたものを取りにきていた。神様ありがとう!

「あ、名字さん…やっけ」
「うん…よく覚えてるね…ってあれ私名前言ったことあるっけ」

確か以前世間話を数回交わしたけど。私そういえば自己紹介とかしてなかった!ような気がするよ!名前なんで知ってるの。ていうか呼んでもらっちゃったよ覚えてもらっちゃってるよ。

「風紀委員の奴が俺とあんたは常連やって漏らしてたから」
「そうなんだ」

財前くんはごそごそと没収されたものが入っている箱を漁りながら話しかけてくれる。自分のことを印象づけようとしてたくさん自分のことを話した。後から考えてみれば自己中なやつだったと思う。緊張して財前くんのことを知りたいというより、自分のことを知ってほしいという思いの方が勝ってしまった。反省点。

「あれ、おかしいな」
「どないしたん?」
「いや没収されたやつが見つからなくて」
「なに?」
「えっ」
「どんなやつやって聞いとんねん」
「小さいイヤリングなんだけど」

自然と、目が財前くんの耳元に行く。ピアスが珍しく外されていた。

「小さいからどっか行っちゃったのかな?」
「一回全部出してみるからよう探し」
「え、でも…いいの?」
「俺の探しモンも見つからへんねん、別にかまへんやろ」

財前くんはそう言って箱を持ち上げて中にある物をテーブルの上にぶちまけた。コロンコロン…テーブルを転がって私の足元に何かが転がってくる。財前くんは落ちたもののことは気にせず、というより気付いていないようでテーブルの上にある小物たちの中から没収された私物を探すのに夢中になっていた。

足元に落ちているものを拾い上げる。赤い色の小さなリングのピアス…。手のひらに置いてじっと観察してみる。財前くんが普段しているそれとよく似ている。彼の耳には今ピアスはない。もしかして没収された中の一つが今私の手のひらにあるこれなんじゃ。
財前くんは次々に今朝没収されたであろう私物を数ある物の中から拾い上げては身に付けていく。

「名字のは見つかったん?」
「いや、なかったよ!きっと小さいから落とされちゃったのかもしれないね」
「ふーん」
「昨日買ったばっかだからちょっと寂しいけど、仕方ないよ」

咄嗟に、財前くんのものだと思われるピアスをポケットにしまう。それから彼にもう帰ると伝えてテーブルの上の物を箱につめようとしたら財前くんにまだ自分の物を探し終わってないからそのままでいいと制される。

「ごめんね、なんか…じゃあ私は帰るります」
「は、おいちょお待っ……」

そそくさと教室を後にする。私は最低だ。
今朝、私は普通に登校して普通に校門を通り抜けた。派手な化粧も髪飾りもアクセサリーも全部外した。着飾る気分になれなかった。

財前くんと喋れたことも、財前くんの私物が私の手中にあっても喜べなかった。ただただ悲しい気持ちになった。

「これどうしたらいいんだろう」

自分の席でうなだれる。財前くんが廊下を渡って行く。それを目で追う。好きなのに、こんなに好きなのに。まだ全然好きで、財前くんを知りたいって思ってるのに、ドキドキしない。いつものように楽しい気持ちになれない。
謝らないと、きっと手の中にある財前くんのピアスを返さないと、私の気分はいつまでも晴れない。財前くんの大切なものなのに、何であの時返せなかったんだろう。こんな気持ちになるなんて考えてなかった。ただ彼を手に入れたいと思った。ただそれだけだったのに奪ったのは彼の心なんかじゃない。
一日中そんなことを考えていたら昨日よりも朝よりももっと憂鬱な気分になってしまった。今は何も嬉しいことを考えられなかった。
ただ、財前くんに会ってちゃんと謝って、返して、…そうしたら自分は許されて、どうなるんだろう。許されてそれで終わっていいのだろうか。

私の周りには何もない、誰もない。私が手にいれたものはなんなんだろう。何が手に入ったんだろう。手放したものしかないんじゃないか。
泣いたって現実は変わらないし、泣いたってきっと財前くんは許してくれない。財前くんはきっと私が彼のピアスを取ったなんて知らないし、そんなこときっと考えない。でも探してるはずなのだ。私が奪ってしまったものを。

「名字さん」
「あっ…」

クラスメイトの子に呼ばれた。うつ伏せになっていた身体を起こす。枕代わりにしていた腕で涙をさりげなく拭ってから。ああ、早くしないと財前くんに会えないかもしれない。

「この間はごめんなさい、私たちちょっと言いすぎたと思って…反省したの」

目の前には以前私に嫌味を言ってきた女の子たちが罰の悪そうな顔をしながら並んでいて、何事かと問えば問題は私の方にあった。今日私が髪を二つに結んできたことや化粧をしてなかったりスカートが長かったのが彼女たちの目には彼女たちの言葉に傷つき気にしてきたからだと思ったらしい。勘違いです、なんて否定するのも悪いと思ったのでうまく理由を説明することが出来なかった。

「本当は派手な格好が好きなわけじゃないの。スカート短いのだって人に見られるのだって落ち着かないし…」

目の前にいる子たちが唖然としていた。謝ってほしいなんて思ってなかったし、彼女たちの言葉にだって私は耳を貸していなかった。なのに彼女たちは自分たちが悪いと思って私に謝ってきたのだ。だったら私は本当のことを言うしかないんじゃないかと思った。

「私財前くんが好きだったから、財前くんの気が引きたかっただけなんだ。だから皆に言われたことだって平気だったんだよ」

彼女たちはみんなポカンとしていた。いきなりの告白に驚いているようだった。そうだったんだ、とその後に笑顔で言われてびっくりした。でも自分のことを少しだけ理解してもらえたみたいでどこか安心した。

「じゃあ私用事があるので…すみません」

急いで生徒指導室へ向かう。もしかしたらいるんじゃないかと期待を抱きながら。もしかしたらいないかもしれない。教室も一応覗いてみたけどいなかったし、もしかしたらもう部活へ行ってしまったかもしれない。
勢い良く生徒指導室のドアを開く。

「誰もおらんやないかーい…」

中に人は誰もいない。自分の声がむなしく響いた。がっくりと肩を落とす。やっぱり全部うまくいくなんてありえないか。うなだれながら没収品が入った箱を漁ってみる。このままこの箱に財前くんのピアスを入れたらすべて終わるんじゃないかと考えて自分にグーパンチをお見舞いしてやりたくなった。何考えてんだこのバカは。それでは何の解決にもならないし、もっと苦しくなるに決まってるじゃないか。なんて弱い心なんだ。

「やっぱないなー」

昨日没収されたイヤリングが2つとも見当たらない。本当に小さいものだから何かの拍子にどこかに落ちてしまったのかもしれない。風紀委員の責任になるのかな、まあいいや。校則破ったのはこっちなんだし、仕方ないよね。

諦めてここから出ていこうとした矢先、誰かの声が近くなった。咄嗟にドアの影に隠れる。
数人の女の子の話し声が聞こえる。このまま出て行きたかったのだが、彼女たちの話題の中心になっている人物の名前を聞いて出るに出れなくなってしまった。背筋が凍る。名字って私のことじゃね?いや私のことだよね、名字はいっぱいいても校則ばっかやぶってる名字ってたぶん私しかいないよね。
自分の陰口を楽しそうに話されている中に出て行こうなんて、自殺行為に近かった。

誰になんて言われようと構わない。何を言われたって平気。そう自分を励ましてきた。今までだって大丈夫だった。落ち着いて、大丈夫。言い聞かせてる私は本当は何をしたかったんだろう。

「今日びっくりしたよね!」
「ねー。うちのクラスの人たちが前に名字さんに文句言ったらしいねん」
「へー、反省したんや」
「いやああいう男の目ばっか気にしとるやつは解らんへんで」
「私はああいう可愛くない子にはなりとうないわ」
「怖いなぁ、財前もああいう子には気をつけなあかんで」

誰になんて言われようが、どう思われようが全然平気。財前くんのために頑張ってるんだから。だけど財前くんに他の子のようなことを言われたり思われたら、平気なのだろうか。自分はそれで大丈夫と言えるのだろうか。
耳を塞ぎたくなった。自分の耳も彼の耳も塞いでしまいたかった。彼女たちの口を塞いでやりたい。やめて、やめて、誰の目も気にしてないよ、財前くんに気付かれたかっただけなの。それだけなのに。

「別に気にせんでええやろ」
「えー、そういうもん?」
「頑張ってるだけやんか、そない悪ぅ言う意味が解らんわ」
「あかん財前もう餌食にされとるわぁ」
「やめときやめときーあんな子」
「見た目なんて別に気にせんわ」
「はあ?うちらが言うてんのは、ああいう子は中身も危ないっちゅーことやで」
「そうそうああいう子は性格怖いねんで」
「うっさいわお前らはよ帰れや」
「なんなん財前その言い方ーせっかく忠告してんのに」
「行こ行こー財前なんか知らーん」

足音が遠ざかる。私の好きになった人は、人に自分の気持ちを打ち明けて笑われるような人でしょうか。人に彼を好きと告げて笑われるような人だったでしょうか。人に彼への気持ちを隠さなければいけないくらい彼は恥じなければいけない人だったでしょうか。

「ん?誰かおんのか」

影に気付いた財前くんは私の姿を捉える。途端に彼の目が大きく見開かれ短い声があがった。

「驚いたやんか、脅かすなや」
「ご、ごめ…」
「……………」
「……あの、」
「何泣いてんねん」
「さっきの、話が聞こえたから」

財前くんは、ああやっぱりなという感じで溜息を吐き出したあとどうしていいか解らないといった感じに両手をポッケにつっこんだ。

「財前くん、ありがとう…」

俯いたままだけど、自分のことをかばってくれた彼に涙も垂れ流し状態でお礼を告げる。嬉しかった、そんな風に言ってもらえて。彼への気持ちを恥じることより自分のことを恥じなければいけないと思った。私はなんてバカなやつなんだろう。

「でも私、あの人たちが言うように人の目にとまりたくて目立とうとしてたんだよ」
「そんなんみんな同じやろ。誰か一人、みんな、見てもらいたくて頑張るんやろ」
「…………」

財前くんは私を通りすぎて箱の中をあさり始めた。

「名字ってほんまはアクセサリー付けるんそんな好きちゃうやろ」
「えっ…?」
「なんかそんな感じするわ。…俺やったらピアス取られるん嫌やから渋るけどな、なんやあっさり渡してまうからそうや思ってたんやけど」
「…………」
「……ないな」

笑われたっていい、どう思われてもいい。財前くんにどう思われたってどう言われたって、それが彼の中の私ならそれでいいや。もし自分が望むのと違った自分が彼の中にいたとしても、それならまた頑張ったらいいよ。
それが恥じない自分なんじゃないでしょうか。

「財前くん…あの、これ」
「……あ…」

そっと手のひらの上に乗っているピアスを財前くんに差し出す。彼は目を見開いてピアスと私の顔を交互に見た。

「ごめんなさい」
「探してたんや、これ」
「ごめんなさい、どうしても欲しかったの」
「このピアス?お前穴ないやろ?」
「財前くん」
「…は、……」
「財前くんの代わりにしたくて、私が盗りました」
「…………」
「でも、手に入れたかったのはピアスじゃないの」

財前くんの手にピアスが渡る。心の中が軽くなった気がする。モヤモヤが晴れていくような感覚がして、目の前の財前くんの目をしっかりと見れるようになった。

「財前くんが好きです」

ぺこりと頭を下げる。今までの頑張りを全部財前くんにあげます。今までの想いも全部財前くんに伝えます。
それが私のできる最上級の努力だと思うのです。

「なあ、このイヤリング名字ンか?」

財前くんが握っていた手を開いて指先で摘んでいるのは、私が昨日取られたイヤリング。

「どこでそれ」
「名字が帰った後見つけてん。返したろ思て持っとった」
「…ありがと」
「綺麗な色やん、俺の好きな色」

財前くんの指が顔の横にある髪を耳にかける。そっと、割れ物を扱うよな財前くんの指の動きがくすぐったくて身じろぐ。今の状況を誰か説明してほしい。

「似合う…大事にせなあかんでそれ」
「う、ん…ありがとう…!」
「名字は、化粧なんかせんでも、無理に着飾ろうとせんでもええよ」

目を細めて優しそうな顔で笑った財前くんはポカンとする私を見てから、意地悪く口角をあげて耳元で一言囁いた。

「スッピンのがかわええっちゅうこと」




幸福ENDってなんて素敵



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