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この時間が私は好きで、同時に嫌いでもあった。
部員が出払って静まり返って、小さな窓から夕日が差し込む部室で机に向って部誌を書く蔵ノ介とそんな彼を待つ私。この空間を包む空気はとても穏やかで優しくて好きなのだけど、寂しく感じたりもする。
筆を走らせる蔵ノ介の右側で、机に突っ伏しながら彼を見上げる。睫長いなぁとか鼻高いなぁとか整ってるなぁとか、いつもと同じことが頭に浮かぶ。この時間帯に差し込む光が彼の頬を照らしてきれいだな、って毎日のように考える。見慣れたはずの顔でも、つい見入ってしまう。そんな私の視線に気付くと彼は照れくさそうに笑うのだ。そこがまた可愛いなぁなんてついつい見入ってしまう。

「もうすぐ終わりそう?」
「あとちょいやな」

彼は左利きで、私は彼の右側にいて、右利きで…彼が左から右へ文字を書いていく手元を見つめながら、遠いなあなんて突拍子もないことを考える。左手までの距離をさしているようで実は他のことを意味しているのかもしれない、自分でもよく分からなかった。
つんつんと蔵ノ介の右腕の袖を引っ張ってみる。構ってほしいよ寂しいな、って意味を込めつつぎゅっと肘あたりにある布を握ってみる。すると彼はその右手で、子猫を撫でるような手つきで撫でてくれる。それが嬉しくて、へにゃりと笑う。蔵ノ介は動かしていた左手を一旦止めて、そのまま頬杖をついた。目は私に向けられている。

「かなわんなぁ…そんな構ってオーラ出されたら構いたなってまうやん」

これ終わらんやん、小さく溜息を吐きながら両手で頬を包まれる。ごめんねって謝ったら、思ってへんやろと返された。半分くらい本気だよと頬を膨らましてみたけれど、両頬に手のひらが宛がわれているせいでぷしゅうと頬の中の空気を出されてしまう。蔵ノ介がプッと噴出すように笑った。

「おもろい顔になっとんで」
「んみゅー!」
「ははっ」

両手で彼の手をどかす。彼は笑いながら中断していた作業を再開した。





/生