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いつから、変わってしまったんだろう。私が見てきた彼の変化に、私は気づけていなかったのだろうか。それは私が彼に盲目過ぎて、大切なものを見落としてしまったということなのだろうか。そんなわけ、ない。そんなわけあるわけない、そう否定したって沸いてくる疑問が私の否定を否定して、肯定に持っていってしまう。

「俺の後ろに立つな」

船の先端に立ちながら、風に髪を靡かせる彼のすぐ後ろに私が立つ。彼はすぐ後ろにいる私に、一言そう言った。こちらには一目もくれない。
船の先にいる彼を私が突き落とすとでも思っているのか。なんておかしな話なんだろう、私にはそんなことをする理由も度胸もないのに。それとも、私には背後に立つ資格もなければ信用もないというのか。それこそ、おかしな話だ。

「どうして?」

目の前にいる彼へ手を伸ばす。その手は彼の左腕を掴む、力強く。
彼はその手を右手で掴んでから、ゆっくりと身体をこちらに向けて漸く彼の目が私を捉えた。

「じゃあ…私は、アンタのどこに居ればいいの」
「急にどうしたってんだ、らしくねぇ」
「らしくないとか、そんなんじゃないよ…後ろに立つなとか腕を振り払ったりとか、アンタが勝手すぎるから!」

何が勝手だ。私だって充分、勝手だ。
目の前の彼はいつものようにニヒルな笑みを浮かべながらキセルを片手にいつもどおり佇んでいる。

「勝手?」
「高杉は変わったよ…勝手すぎる、私には何も言ってくれないから、アンタのことわからなくなりそうだ」

彼の片目が細められる。その目は真っ直ぐに私を捉えていて、私を見るその目だけは昔から変わってなくてなんだかほっとしてしまう。長年変わらないその目の意味は、実はよく解っていないのだけれど。
高杉はふう、と静かに煙を吐き出す。吐き出された灰色は空気に混ざり白くなって世界と同調していくように消えていった。カラン、彼の左手から滑り落ちたキセルが足元に転がる。キセルが握られていた手は、そのまま私の腕を掴んだ。

「高杉は変わった」
「変わってねぇなんて言わねぇ…だけど、変わってないものもある」
「私には、アンタを理解できない部分がある…それもきっと変わらない」
「知りてぇんだったな…何が知りたい?」

空いていた右手がゆっくりと、私の首を掴む。力はさほど込められていないので苦しいとは思わなかった。このまま彼に首を絞められて、私は殺されるのだろうか。私は、死ぬのだろうか。その瞬間に一つ頭に浮かび上がったことがある。
後ろに立った私を追い払おうとしたのは、やっぱり私には信用がないということなのか。
彼の力が入っていない指先が首を覆っている。自分はもしかしたら殺されるんじゃないか、そんな小さな疑問と恐怖心が生まれたのは、私も彼を信用していないということなのか。
曖昧だと、思った。曖昧……私は彼にならきっと後悔なんてない、なんて思ってしまうのだから。

「どうして、私は後ろに立っちゃいけないの」

背後を預けられるほど、私には信用がない。そんな答えが彼の口から出るのを覚悟しないといけないと悟る。そう思うことで痛みを軽減させようとしているだけだということも同時に悟ってしまった。
高杉の口から直接言われたら、私はどうするんだろう。きっと想像以上につらい。

「お前は変わってねぇな」
「誤魔化してるの?」
「勝手なのはお互い様だろ? 勝手に突っ走って自己完結させちまうんだからなァ」

ニヤリと笑う。首に絡まっていた手は静かに離れていく。喉で笑う高杉が、何を思っているのか、やっぱり解らなくて私はまた不安の波に攫われる。だから彼の私を見る目を見つめて安心を得ようとする。

「今まで、俺は一体何人の人間を斬ってきただろうな」
「…………」
「そんなん覚えてねェし、数えてもいねェ…だけどな、俺の背中には斬った奴らが乗っかってるようなもんだ」

目を足元に移す。彼の手から落ちたキセルがさっきと変わらず足元に転がっていた。

「そんな背をお前には見られたくない…なんて、らしくないだろ」

彼の指先が再び首に巻きつく。ちょっとだけ、さっきよりも力が篭っていて、背中がぞくりと震えた。

「背後に立つ人間を斬りたくなる」

指先に力が込められる。その手で私を船の先へ追いやって落ちるかぎりぎりの所に立たせる彼は今どんな目をしながら私の背を見ているの?
前じゃだめなの?少しかすれた声で問いかければ彼はひどく面白そうに喉で笑って、前に居られたら邪魔だろ?と聞き返されてしまった。

風が頬を撫でて、髪をなびかせて、私の体温を少しだけ下げる。
もう足元に、キセルは落ちていなかった。

「怖いか?」
「アンタのことが…?」
「……ああ」
「怖い……このまま殺されちゃうのかもしれないって、」

「だったら、」そう言って、彼は私を隣に並ばせる。

「横なら、邪魔じゃねぇ」
「隣に居ろって、言ってよ」
「調子に乗ってんじゃねえ」
「前に居られたら守れないって言えばいいじゃない」
「敵と一緒に斬っちまったら困るもんなァ」
「素直じゃないとこ、アンタ変わってない」
「変わらないものだってあるさ」

そうして、彼はまた喉で笑うのだ。