Main:short | ナノ
×



彼ほど完璧な人を私は知らない。彼がやろうと思って出来ないことは殆どないし、誰よりも私を理解してくれている彼は本当に完璧な人だ。完璧な人と言うと語彙があるかもしれない。もっと分かりやすくいうと、つまり彼は私にはもったいないくらい理想の人だということだ。何が理想って、彼が私の幸せがどう生まれて何を幸せか解ってくれているところ 。だから彼は誰よりも上手に私を愛してくれる。
ベッドに腰掛けてドライヤーのスイッチを入れる。ドライヤーから温かい風が送り込まれて水滴が落ちる髪を小さく揺らす。手櫛で髪を梳いていくと、徐々に髪の揺れが大きくなる。大体乾いたところでドライヤーの電源を切る。ふうと息を吐き出して熱の冷めたドライヤーをベッドの上へ放り投げる、のと同時に部屋のドアが開いて髪の毛をびっしょりと濡らした蔵ノ介がお風呂から戻ってきた。

「早いね」
「女の子と違うて男はそんな時間かけへんねん」
「ふーん」

蔵ノ介だったら女の子以上にシャワーに時間かけそうだけど。蔵ノ介はそっと微笑むとベッドの上に正座している私を見上げるようにベッドの下に胡坐をかく。いつものように穏やかに笑う彼はそのまま私の腰に腕を回してお腹に頭を預ける。その頭に手を置くと手の平がぐっしょりと濡れた。

「頭濡れてる、ちゃんと拭いてよー風邪引くよ」
「風邪引いたら看病してくれるやろ?」
「私まで濡れちゃうよ、離れてよー」

顔を埋めたまま喋る蔵ノ介の声は楽しそうで、私から離れる気なんてさらさらないと言われているようだ。嬉しいのだけどなんというか…。
珍しく甘えてくる蔵ノ介に嬉しさと幸福と愛しさを覚えながら、せっかく着替えたのに濡れるの嫌だななんて思ったりもしたりしなかったり。

「名前が風邪引いたら俺がつきっきりで看病したるわ」
「はいはいはーい、分かったから離れようね?」
「なあ」
「ん?」

蔵ノ介はゆっくり顔を上げて私を優しい表情と目で私を見つめる。その顔もその目も、私の全神経を彼へ向けさせると彼は知っていて、その表情に私が弱いことも分かりきっている。上手いなあ、ずるいなあ、好きだなあ、なんて。私も彼と同じように、彼以上に、上手に愛せたらいいのに。私はいつも嫉妬ばかりしてそんな汚い自分を蔵ノ介に押し付けて、下手くそな愛し方しか出来なくて、とても自分が嫌になるのだけど。そんな汚い感情も私が押し付ける気持ちも蔵ノ介は好きだと言って緩やかに受け止めて綺麗に流してくれる。やっぱり彼に出来ないことってないな、ってそんな時思う。私は自分の感情ですら相手にぶつけないと流せなくて自分の気持ちを自分でどうにか出来なくて、嫌だなってやっぱり思うのだ。

「髪の毛、やってくれん?」

そっと、ドライヤーを握らされる。くるっと後ろを向いて座る蔵ノ介の濡れた髪に手を通す。仕方ないなあ、って笑いながらドライヤーのスイッチを入れて手で優しく梳くように撫でるように髪に触れながらドライヤーから風を送って乾かしていく。男の子って髪乾くの早くていいなー。

「甘えん坊だなぁ」
「ん、何か言うた?」
「べーつにっ!」
「なーん、かわええなぁ」
「何が?」
「べーつにっ」
「蔵ノ介が言っても可愛くないね」
「やかましいわ」

貴方は私の幸せの作り方を知っていて、だから私から離れないでいてくれる。私はただ蔵ノ介に側に居てもらえるだけで幸せなのを彼は知っている。
本物の甘えん坊は誰でもない私なのだ。愛し方が上手でも下手でも何でもいいや、蔵ノ介に愛されて愛して、今とても幸せなのだ。
なんだか急に、目の前にある背中を思い切り抱きしめてやりたくなった。幸せだ。