Main:short | ナノ
×



明け方、店から出ると、どうにも見覚えのある女がキセル片手に吹かしながら堂々とそこに立っていた。

女は化粧を施していて、その白い肌に赤い着物によく映えていた。真っ赤な紅を施された唇から伸びるキセルが似合っているのか、幼さを残したその顔には不釣合いなのか、とにかく目立つ。それと妙にそそるものがある。
女はゆっくりとこちらを見やる。その瞳が何を思っているのか察しが付かない。俺は蛇に睨まれた蛙のようにその場に立ちすくんだ。冷や汗が頬を伝う。真っ赤で、艶やかな着物のバックにはドギツイ黒い物が漂っているように見える…少なくとも俺にはハッキリと。
女はキセルを口から離して、唇で薄く笑った。目が、笑ってない。歳の割りに幼い顔が化粧で歳相応に見える。

全身の毛が逆立つような、恐怖をともしたその笑みに俺の心臓が凍った。

女はいつまでたっても動かない俺に痺れを切らしたのか、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。途中でまたキセルを赤く光る唇へと運ぶ、その何気ない仕草が色気を出して恐怖から来る物なのかはたまたまったく別の感情なのか彼女から目が離せなくなった。いや、離した瞬間間違いなく瞬殺されるだろう。
俺の目の前まで迫ってきた彼女は鼻先がくっつきそうなくらいぐっと顔を近づけて、煙を顔に吹きかけられる。身長差のせいで鼻先がぶつかることはなかった。
鼻と口に広がる煙に顔を顰める。身長差のせいで鼻下に彼女の口元がちょうどくるのでダイレクトに煙の攻撃を食らう。咽る!これ咽るどころじゃねー!銀さんの肺が腐るって苦しいから!おうぇっ!


「私、銀ちゃんにそんな趣味があるなんて知らなかったなー」
「は?趣味って…俺だってんな趣味ねーよ!」


俺が出てきたのは、かまっ娘倶楽部だった。

「女より男が好きだったのかしら。私が男じゃなくて残念ねぇ」

彼女は顔を離して俺から一歩距離を置くと、キセルを口に含みまた吸い込んだ煙を空中に漂わせた。キセルを持つ彼女のその手がスっと伸ばされ、キセルの雁首(かりくび)を顎の下に寄せられる。立ち上る煙が熱い。ジリジリと顎を焦がす。
死ぬ!銀さんコレ顎溶けるってマジで!焦げる!!


「誤解してるようだから言っとくけど! 客としてきたわけじゃねーぞ、俺ァ女が好きだぜ! 糖分とジャンプの次に!」
「へーぇ。糖分とジャンプと男の次に?」
「いやいやいや、男なんて入れてないでしょうが!勿論名前が一番好きでェす!だからちょとこのキセルどうにかしてくんない!!愛してるからァァァ!」
「客としてきたんじゃないってまさか…そっちの趣味が…!」
「いやいやいや、違うから!ないから!ここの店長に頼まれただけだから!」
「女装が趣味だったとはねぇ…」
「いやっ、…つーかお前 なんでそんなにオシャレしちゃってんだよ。朝から銀さん誘惑大作戦でも実行しようってか」
「もういいです!」

拗ねた子供のように俺をキッと睨み付けた彼女は、手に持っていたキセルをひっくり返して俺の手の甲へ灰を落とした。

「ぎぃやァァァアアァ!名前ちゃーん何してくれちゃってんのォォォォォ!?」
「クリスマスくれー家にいろや!こちとら一ヶ月前から勝負下着選んどったんじゃぁボケェ!!!」
「は、え、何…オイ、え、ちょ、マジで?」
「いいですいいです。土方さんとこ行って見せてきますんで!」

完全に拗ねてしまった彼女はそのまま長い髪をなびかせながら、くるりと踵を返す。

「待って銀さんが悪かったって!お前にプレゼント買う金作ってたんだって!マジで!ケーキよりも指輪とか何かそんなん買うためだったんだってコレ!マジだから!ジャンプに誓うから!!嘘だったら、アレ、オイ!銀さんのジャンプ全部トイレットペーパーにしていいから!いやほんっとマジで!だから大串君なんてやめよ!な!」