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「もう冬だなァ」
「そうだねー」

間延びした声で返したそいつは俺の顔を見ることもなくせっせとみかんの皮を剥いている。オイコラそれ何個目だオイ。こっち見ろオイ。指先ババァみてェな臭いになるかんな! オイ! こっち見ろって、オイ! そんなテレパシーを熱い視線と共に送りつけてみたものの目の前の女は剥いたみかんを二つに分けて片方口に突っ込んだだけだった。ちょ、女のすることじゃねえ! いくついっぺんに放り込んでんだ!?
それを3、4回噛んで飲み込み、そして残りのもう片方を口に押し込んではまたよく噛まずに飲み込んではまたみかんに手をつける。それの繰り返しだった。
コタツにみかんは常識だが、コイツの場合は非常識だ。喰いすぎだ。


「腹壊すぞー、勘弁しろよ。トイレットペーパーもうねーんだからな」
「マジでか。買ってこいよ」


また口にみかんを放り投げた。今度はちゃんと一つずつ。


「このさみー中、銀さんに外歩かせる気?うわやっべ信じらんね」
「信じらんねーのはテメェの頭だ。その頭地毛ですか病気ですか?」


普段はこんなにみかんを食べるような奴じゃないのに、もっさもっさ食べ続けるこいつはどうしたものか。しかもマシンガントークは健在ときた。まじ信じらんねぇ。可愛くねぇ。何で俺こんな可愛くねぇ奴彼女にしてんの。マジ信じらんねぇ。俺もお前も頭どーかしちまってんじゃねーの。それ怖いんだけど。マジありえねぇ。


「じゃあ一緒に行くか。」


コタツから出て玄関に向かう久々のデートと行こうや。遅そいなと思い振り返ると名前はまだコートを羽織ってる最中だった。何だってんだ。いつもは上着一枚でさむそーなかっこしてるくせに。餓鬼みてーに、寒い寒い言いながらはしゃぐくせに。マフラーなんて首がどうとか言って絶対しなかったくせに。手袋なんて手がどうとか言って絶対しなかったくせに。どうしちまったんだよ。おかしいよお前。変だよ。何 急に、方向変換?今更遅いんじゃないのー。


「おせーよ」
「だって外寒いもん」


外に出てきた名前は完全装備だった。重ね着でぽっちゃりになってやんの。笑える。嘘、そんなとこ可愛いなぁオイ。お前まじでどうしちまったんだよ。銀さん心配しちゃうじゃん。


「………」


近くのスーパーまで来る途中あいつは何度も不安そうに下を向いていた。
足元でも気にしてたのか?


「何か、俺に隠してる事あんじゃねーの」
「ないよ、」

そう言って俺から目を逸らして、トイレットペーパーあったよ、なんて先に行ってしまう。

「………」

並んだトイレットペーパーを引っつかんで遠くを見詰める名前のトコまで歩み寄る。

「………」


それからのアイツはおかしかった。すれ違う親子を遠くを見るように切なく見たり、おもちゃを眺めてたり、子供が公園で遊んでいるのを愛しそうに見てたり、子供服を切なそうに見たり、離乳品を考えるように見詰めていたり。

帰って来てからも名前はそんな感じだった。ぼーっとしていた。
決定的なものはコレだ。ちょっとトイレに寄ったついでに顔を出した洗面所。どこもおかしな所はなかった。ある一点をのぞいて。ゴミ箱の中にある不自然に投げ捨てられていた、


「…妊、娠検査薬…は?」


え、神楽? いやねーよ。え、神楽が? ねーよねーって。



どうしてコレがここにある?どうしてあいつはあんな目ぇーしながら餓鬼ども見てたHそれって…こういうことなんじゃねーの?そういうことかよ。ナニコレ何この気持ち。嬉しいんだけど。あれだろ?コレって子供が…出来たって事なんだろ?俺と、あいつの。
俺は妊娠検査薬を手に持ったまま名前のトコまで走って抱きしめて、目頭が熱くなるのを覚えながら肩口に頭を預けた。こうゆーのはもっと早くさー、ちゃんと相談してくださいよ名前ちゃん!


「銀ちゃん、それ…!」
「何で言ってくれねーんだよ」

どうしてんな自分が不安になるようなことすんの。心配しちまったじゃねーか。なんだ、子供かよ。
なぁ、俺たちの宝物だろ?考えただけで胸がいっぱいになった。

「だ、って…」

俺が目頭を押さえる前に名前の頬を伝った涙が俺の首筋に落ちてきた。震えながら背中に回される腕が”愛してる”って気持ちを表してるみたいだった。

一人で、怖かったンじゃんねーの?悩むなよ、一人で。俺の方が怖いじゃねーか。

「産んじゃ、だ、」

その先をコイツの口から言わせたくなくて、俺の唇でその口塞いでやった。好きの塊だろーがよ。そんなこといわねーよ。お前と同じくらい大事にしてやる。父親にだってなんだってなってやるよ。

「…名前」

返事のかわりといってはなんとも乙女らしかぬ音が返ってきた。鼻啜る音で返事すんじゃねーよ。もう銀さん苦笑いよコレ。でも、今はそんなことどうでもよくてほんとはそんな仕草でも愛しくて恋しくて。しゃーねーな、なんて笑った。鼻水つけんなよー。

オイ、今から俺が言う事よーく聴いてろよ。俺これ恥ずかしーから、多分一度しか言わねーよ。あとでもう一度とか言ったってキスして言わせなくしてやるよ。


「名前、お前の事、愛してる。だからコイツ、産んでくれよ。んでよ、大事にしよーや。なぁ、いっぱい愛してやろうぜ」

そう言うと彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら何度も頷いたんだ。






男だったら母ちゃん取り合いとかすんのかなァ。ぜってぇー渡さねーよ。そんな独り言じみた事を名前に聞かせてやったら、バカ、と目を細めて笑われた。嬉しそうだ。
お母さんにお父さんねェ…。未来なんて考えた事もなかったが、考える楽しみが出来た。


/ずっと昔に書いたもの