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クリスマスも過ぎて、世の中は新年の準備に追われていた。そんな30日の夜。クリスマスを過ぎたころから更に寒くなり、ついに今日雪が降り始めた。 最初は雪だ、積もればいい、とはしゃいでいたのだが肩と頭に雪が積もり始めた時これはやばいと感じた。今日雪が降るなんて知らなかったし、例え知っていたとしても傘なんて持ち歩かなかっただろう。つまり私は傘を持っていないのだ。黒いコートの上に積もった雪を払ってみるけど、なかなか落ちてくれない。どこかに入って時間をつぶそうかと思ったけど、雪はしばらくやみそうにない。どうしようか、傘をさしはじめる群衆に紛れて打開策を練っているとたまたま街をぶらついていた財前を見つけた。ので同行させてもらうことにした。

「なんで俺がお前と相合傘せなあかんねや」
「いやーほんと助かったわー」

雨と違って雪は降られてもすぐに濡れるわけじゃないしザーザーという雨音も聞こえない。けれど傘もささずに街を歩き続けるのはきついものがる。

「こんな時間に何しとんねん」
「買い物」
「ふーん」
「そういう財前こそこんなトコで何してたの」

彼女と待ち合わせ? なんて冗談を飛ばせばアホと一蹴りされ「彼女なんかおらんわ」と言われた。そこそんなえばって言うことじゃないと思う。

「暇つぶしや」
「インドアな財前が暇つぶしに外…」
「気分転換や」

別に俺の勝手やろ、そう言って財前は私にうるさい余計なお世話だと言うように傘を私の方に傾けた。とさりと財前から遠い右肩に雪が落とされる。

「おー、財前らやん」
「久しぶりやなー」

げ、と財前が呟く。目の前には私たちと同じように相合傘している白石先輩と忍足先輩がいた。

「……キショ」
「先輩たち見ない内にラブラブになりましたねー」
「アホ! 誤解されるよーなこと言うもんやないで」
「俺かてコイツと相合傘なんてしたくないわ」

残念そうに肩を落としてうなだれる白石先輩に忍足先輩が苦笑いを見せる。

「買い物の帰りに謙也に会うてな、泣きつかれてしもてん」

白石先輩が誤解を解くかのように説明する隣で「ほんま助かったわー」と忍足先輩が笑っていた。まるで私たちのようだ。

「俺も出来れば女の子とがよかったわ」

そう言いながら白石先輩はポケットに入れていたカイロをくれた。いい先輩だ。

「ちゅーかお前らこそ、見ないうちにラブラブやん」
「先輩らと同じトコっスわ」

たまたま遭遇した2人も同行することになり、雪も強くなってきたしこれからどうするかという話になった。このまま解散という選択肢はどうやらこの3人の中にはないらしい。ちなみに私の頭の中にもそんな選択肢はなくて、4人でどこで遊ぶか考えることを最優先にしていた。今年ももうすぐ終わるしね、今日30日だしね、もうすぐ31日だしね、この辺でハメをはずしておいたほうがいいよ。普段こんな時間まで出歩きそうにない皆のまとめ役兼オカンの白石先輩だって「ほなそろそろみんな帰ろか」とか言わないしそんな素振りさえ見せない。

財前と忍足先輩の案で、近くにあるライブハウスに行くことになった。近くにある喫茶店の窓に貼ってあった、対バン形式のライブのイベント宣伝のチラシを思い出した。

「おもろそうやんけ」

最初のバンドが自分のバンドのことを紹介している。財前はワクワクしてますって目でその人たちを見ていた。

1組3組とバンドが入れ替わっていき、今は最後の5組目が歌っている。ライブの途中で財前が「なんや下手やん」とバンドを辛辣な感想でざっくり切る。ちょちょちょもしかしたらファンの人が近くにいて聞いてるかもしれないじゃない、もうちょい遠慮した言い方できないのかしら。財前にはできないかもしれないけどさ。割と普通のボリュームで話す財前に周りに今歌っているバンドのファンの人とかがいないかヒヤヒヤした。

「トリがあんなんでええんか」
「ちょ、財前くん財前くん?」
「なんや」
「もうちょっとオブラートに…もしかしたらあの人たちのこと好きな人とかいるかもしれんし」
「ほんまのことなんやからしゃーないやろ」
「(だからさあ! 声でかいんじゃ!)」
「ちゅーか皆歌に夢中で俺の声なんて聞こえてへんわ」

財前は最後にもう一度ダメ押ししてから、終わりましたー疲れましたー帰りましょーという色を含んで細めた目を私に向けながら、「お前も歌に集中してへんやろ」と言ってきた。言われて気づいたけど、何で私こんな騒音で溢れた空間の中で財前の声がこんなハッキリ聞こえてるんだろ。

「お前の声ハッキリ聞こえるんは、俺があっちに聞き入ってへんからや」

お前もそうやろ、とまた視線をステージの方へ持っていく。やはり目は先ほどの輝きを失っていて、いつものめんどくさオーラ全快の財前に戻っていた。

「さっきは話しかけても気付かんかったくせに」

ポンと頭の上に手が乗せられる。そのまま頭の上の手は私の頭をつかんで引っ張っていく。

「ちょ、ざざざいぜんっ…!」

私の声なんてお構いなしに財前はスタスタと群衆の間を縫うように進んでいく。
ステージの脇の人があまりいないところで頭の上に置かれていた手が離れていった。

「ちょおここで待っとこ」
「え、うん」

忍足先輩たちは最後まで楽しんでるのか、普通に聞き入っていた。私もステージで歌っている人の方へ耳を傾ける。ヘタじゃない。でも何かが足りない、そんな感じがしてうーんと唸ってみる。何が気に入らないんだろう。

「…気に入らない…?」

ヘタじゃないのに何かが物足りない、気に入らない。

「財前さ」
「おう」
「今のバンドがダメってさ」
「好みとちゃうねん」
「…やっぱり」
「そんなんでよう評価つけられるな、って顔しとんな」
「ダメな理由ってただ自分の好みじゃないってだけじゃん」
「お前かてそうやろ」
「ははっ」

最後のバンドがありがとうございましたーと挨拶している。出口付近がにぎやかになってきた。人ごみの中、ステージの脇に立っている私たちを見つけた白石先輩が忍足先輩を引っ張って人の波に逆らいながらやってくる。

「お疲れさんっスわ」
「いつの間にこっちきたん」
「ちょい前っス」

人のざわめきがさっきよりも小さくなった。客の大半はそそくさとライブハウスを後にして、残った人たちはパブタイムというものに参加するらしい。残った人の半分くらいは出演者だけど。財前がいうには出演者の打ち上げのようなものらしい。パブタイムってなんだ?と疑問だったけど、どうやら軽食営業のことらしい。

「いつもはもっと混んどんのやけど」
「外雪やしみんなもう帰るんちゃう?」
「ま、ちょうどエエわ」

忍足先輩からもらった飲み物を(いつのまに買ってきたんだ)飲んだ財前はそれを私に手渡して、ニヤリと悪戯を仕掛ける時のように笑った。はてなマークを頭上に浮かべるように首を傾げた私に財前は、「そこでちゃんと聴いとれよ」と一言残して何を思ったのかステージへあがった。

「え、ちょ、財前っ!?」
「ちゃんと見とって」
「おおお忍足先輩、この飲み物、まさかアルコール…っ」
「アルコール? 入ってへんで、オレンジジュースや」
「財前がっ財前がおかしなことはじめちゃったんですけど!」
「財前もはっちゃけたい年頃なんやろ」
「年末やしなあ」
「そんなのん気な…!」

しゃーないわー、と笑う二人は手に持ったジュースを飲み干してゴミ箱に投げ入れてから財前と同じようにステージへのぼってしまった。まさか、これ本当にアルコールとか入ってるんじゃ…!?
3人が事故とはいえ飲酒してしまったのか心配しつつ、確かめるために財前から受け取った飲みかけのジュースを一口飲んでみる。本当にただのオレンジジュースだった。

慌てふためく私を置き去りにして3人はステージにそのままになっていた楽器を手にとって音を出し始めた。止めに入らないと、私が止めないと、どうしよう…!
ベースを持った財前がスタンドマイクの前に立つ。ふ、普通そこはギターじゃないの? いやそんな細かいツッコミはいいとして、止めなきゃ…お店の人に怒られる前に止めないと。そう思ってるのにステージにあがった3人に見とれて足が動かない。それに先ほど財前に言われた“ちゃんと見とって”の言葉が私の行動を阻止する。

忍足先輩がシンバルをたたく。白石先輩がギターの音を会場内に轟かせる。財前が、静かにマイクを握った―――

財前の歌声が、ステージから直接私に届いて、ライブハウスの中に響いた



「こっちんが全然ええやろ」

歌い終わった財前がニカッと私に向けて笑う。私はただ、聴き惚れて見とれてぽかんとしていた。財前に渡された飲み物のカップを落としそうだ。ねえ、力が入らないよ。
何も言えないまま動かない私の後ろから拍手が財前たちの元に届く。



「まあ、お前の好みに合わせてんねんから、気に入らないっちゅーことはないと思うけどな」

そう言った財前は、楽器を元の位置に戻してからステージを降りた。先輩たちもそれに続く。

「…ざ、い…ぜん…」
「ちゃんと見ててくれたよな」

こくこくと脳が揺れるくらい頭を縦に振る。手に持っていたジュースがピチャリと小さく跳ねた。
微かに震える手で財前にカップを渡す。今度は彼がきょとんとした顔をしていた。少しだけ顔を下に向けて財前への気持ちを伝える。

「よ、よかった…かっこよかった…」

財前が、笑う。

「そう見えてもおかしないわ」

ライブハウスを後にする時、楽器の持ち主のバンドの人たちに3人は頭を下げた。バンドの人たちは笑って許してくれて、3人を褒めた。よかったよ、と笑っていた。



「どや、俺らが高校入ったらバンド作らへん?」
「はい!?」
「んで、お前らが高校きたら本格的に部活作ったり軽音入ったり」
「待ってください、先輩テニスは?」
「テニス部掛け持ちや」
「つらー」
「出来たら、ええな」

冗談、そう短く言って忍足先輩は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。半分くらい本気だったのくらい私も、白石先輩も財前も気づいてますよ。そう言ったら先輩はいつもみたいに明るく笑った。
忍足先輩が、ぐっと手のひらを握る…自分にあるものを確かめるように。その手をみる先輩のその目は、ワクワクしている目だった。

「俺な、テニスも好きやけど音楽も好きやねん」
「俺はそこにお前のことも加えて好きやねん」
「え、」

寒さで耳と鼻を微かに赤く染めた財前の耳がちょっぴり赤みを増した。

「音楽も好きやしテニスやんのも好き、お前とおんのも好きや言うとんねん」

そう言ったら彼女はぽかんと口を半開きにしながら、顔を真っ赤に染めた。
どうか彼女に俺の歌が、気持ちが届きますように。サンタでもなんでもええ、叶えてください。いややっぱ叶えられるんは俺しかおらんわ。
彼女の嬉しそうな顔を作ったんはサンタなんかやなくて、俺自身やしな。
ちゅーかクリスマス過ぎとるっちゅーねん。





「素直に好きって言えばええんに…」
「テンションに任せとる謙也さんとは違うっちゅーんじゃ」
「そ、それはお前かて一緒やろ!」
「いやぁ…青春やなあ、それにしちゃ寒いなあ」
「白石先輩、鼻水垂れてます」


2万打うっきーへ/誰花