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週に何度か、万事屋の主である銀時は自家製の特大ケーキを作る。経費削減のためだと本人は言うけれど、削減というならそもそも1ホールのケーキをあんなに大きくしなければいいだけの話のようにも思える。糖尿病対策も出来るし、せめて週に何度かはやめて月1程度にしてもらいたいものだ。そう本人に言えば屁理屈ばかり並べられる。私の言葉なんて糖分に比べたら全然大したことないのかも。そう言ってすねたら「お前がムチくれるおかげで俺は糖分摂取できてるんだよ」なんて飴と鞭という言葉で丸め込まれた。何も解決していない。

とにかく本格的にクッキング(ケーキだからベーキング?)しちゃう銀の『糖』への執念には目を見張るものがある。
そんな銀は一昨日にもクリームいっぱいの特大ショートケーキを作った。一切れ私にも分けてくれたけど、残りの全部は銀の胃の中へ吸収されてしまった。
また血糖値をあげたのね…なんかこれだとポケモンのけいけんちを上げたみたいな聞こえだ。

そして今日も銀は、昨日珍しく入った依頼で稼いだ報酬を持ってスーパーへ出かける準備をしていた。玄関でブーツに足を突っ込んでいる銀の隣で、割烹着姿の新八くんが必要なものをリストアップしたメモを銀に渡して、もう片方の手にはピンク色のはたきが握られている。

「なんか…めおとっぽい…」

だらしのないダメな夫としっかりもので口うるさい嫁。その二人をゴロゴロしながら眺めてる私はめんどくさがりな姑か。
あ、そういえば今日の広告に肉安売りセールの見出しが出ていた気がする。それに赤い太ペンで新八くんが丸で囲っていたような…今日の夜は鍋か焼肉かしら。そしてそこに銀がこれから作るだろうケーキが加わればフルコースの完成だ。珍しく豪華なディナーだな、パーティーみたい。神楽ちゃんもきっと喜ぶ…全部食べられないように私も頑張ろう、色々と(おかずから目を離したらまずアウト)。

ガラガラと戸が引かれ銀が外へ出る。その背中に「プリン買ってきてー」と頼めば「オメーはまだポッキーが棚にあったろーが」と投げられそのまま戸を後ろ手で閉められてしまった。

「私もついてこうかなぁ」
「だめですよ、ちらかした物片すまで外には出しませんからね」
「新子さん、あたしゃ散歩に行きたいんだけどねぇ」
「新子さんって誰だよ」
「マジで新八くんお嫁さんみたいだねー、姑の私のわがまま聞きなさいよ」
「あんた姑のつもりだったの!? っていうか言ってるそばから外行こうとしないでください!」
「新子さん、年寄りの楽しみを取るもんじゃないよ」
「いやアンタまだ充分若いから! ダメですってば、ちゃんと掃除するまで外に出すなって銀さんにも言われてるんですから」
「あの天パ覚えてろよ」

銀は器用だ。そんでもって料理がうまい。その中でもケーキを作る腕はパティシエ並だと思う。

両手いっぱいにスーパーの袋をぶら下げながら銀がキッチンへ入っていく。様子を伺うつもりでキッチンを覗くと銀と目が合って『こいこい』と手招きされる。

「何か用ですかー?」
「ちょっとなー」

用件を話される前に、食べかけの残り半分もない板チョコを差し出される。くれるっぽいので素直に受け取ってかじりつくと、よしよしと頭をなでられた。子供扱いしないでと反抗すると彼ははいはいなんて笑いながらオメーも色気付く年頃なのねーと、言ってから袋の中に入っている品物を冷蔵庫やら棚やらに収納していく。

本当は、銀に子供扱いされるの嫌いじゃないよ、いっぱいいっぱい甘やかされたい年頃なんだよ。なんて、チョコレートをかじりながら銀に念じるように見つめた。

「もう戻っていいー? ドラマ始まるー」
「ドラマばっか見てんじゃねーよ。ンなもんよりこっちのが大事なんだよ」
「その大事なのってなんなのさっ」

小麦粉やらチョコレートの板チョコやらケーキ作りに必要なものがズラリと揃って並んでいるのを見せられる。

「それがなによー」
「今日はお前が作んの」
「はぁあー?」
「露骨に嫌な顔すんじゃねーよ俺だってなー自分が作ったやつの方がお前が作ったのより美味いのはわかってんだからよー」
「じゃあ私に作らせようとしないでくれる?」
「花嫁修業に決まってんじゃねーか。ケーキも焼けないような女を嫁に迎える気はねー」
「いやぁー私 姑なんでぇー新子さんにお嫁さんは譲ったのよ」
「新子じゃダメなんだよ」
「じゃあさっちゃんに譲っとくわ」

言って、手をヒラヒラ振りながらキッチンを出ようとした私の脳天に、銀特製のハリセンが叩き込まれた。

「いいったぁー!」
「つべこべ言わずにレッツトライ」
「作り方わかんないし」
「レシピあんだろ」
「だるいしー」
「愛でなんとかしやがれ」
「んなもん出てこねーよ」
「ひっで!」

ああだこうだ理由を付けてキッチンから逃げ出そうとする私にあれだこれだと理由を付けて引きとめて引き下がらない銀に折れて、結局銀の気まぐれのせいで私がチョコケーキを作ることになってしまったわけだけども。最初の方は黙っていたくせに作業が進むにつれて、口出しが多くなってくる。


「てっめ、チョコレートなめてんのか!」
「むしろなめたいんですけど」
「ちょっ、言ってるそばから、ばっ! 手をつっこむんじゃありません!」
「あーん」
「あ、なんかムラムラしてきた」
「銀ただの変態じゃん」


「おいアホ! もっとチョコに愛を込める!」
「愛を込めるより、愛があるからこそ食べたいです」
「おま、勘弁しろよ。もう材料ねーんだからな!」
「そういや冷蔵庫にまだイチゴあったよね。あれにこのチョコつけて食べたらうまいよ」
「食うじゃねーよ、溶かすんだよ。愛で溶かせ愛で、愛の温度で!」
「何ちょっとうまいこと言ってんの」



「もっと腰入れろや!」
「ケーキ作んのに腰入れんの」
「ポーズがなってねェ」
「あんた一々細かいのよ」


「ぎゃああああああっ!!」
「な、なにっ何かあった?」
「あっぶねーな、気を付けろよ」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんとミトンしてるし、火傷しないって」
「そっちじゃねェ、今オーブンあけたらせっかくのスポンジがお前の胸みてーに残念なことになるだろーがァァァア!」
「…例え最悪なんだけど」



私の行動に事細かく口を挟んでくる銀にうんざりしてきたのでそろそろ本気で作業を放棄しようかと企てた時、目の前にはチョコが塗りたくられたケーキが1つ完成していた。

「名前ちゃんさーこれちょっとセンスあれなんじゃないの?」
「人の世界観にケチつけないでくれる」
「趣味悪ぃーなオイ」
「私の精一杯はここまでだったってことなのよ」
「まあお前にしちゃぁ…」
「それにさ、私が銀を好きって時点で趣味の悪さなんて周知でしょう?」
「嬉しいけど、全然嬉しくねぇぇえ!」
「つーか やらせたの銀じゃん。文句言わないでよねっ」
「まあそうなんだけどね」

ふむふむと、私がたっぷりの愛情とちょっぴりの殺意を込めたケーキを観察するような目つきで銀が品定めする。

「どーよっ」
「見た目がちとアレだけど、味は保証されてンな」
「銀がうるさいからだよ。さっきから文句ばっか」

目の前にあるチョコレートケーキは、お店で売ってるような物や銀が作ったものとは違ってツヤツヤでツルツルな表面とは違い、個性的な凸凹が目立っていた。お店なんかのケーキの表面を高速道路と例えるなら、私が完成させたものは整備されていないコンクリートがめくれ上がったような道路といったところか。
一箇所にチョコが多く塗られていたり、波のように重なりあっていたりで見た目はそこまでよくない。悪いってほど悪いわけでもないけど。
味の方は銀が横で口うるさく注意してたおかげで自信ありありだ。この私がチョコケーキを作れるようになる日が来るなんて…!

「私なら、完璧なお嫁さんになれる…」
「嫁にはなれても主婦にはなれねーな」
「それこそ新子に譲るわ」
「なんでだよ」

お前はこれから俺の嫁さんになってこの家の主婦になって俺たちの子供の母ちゃんになんだよ、なんてちょっと変わったプロポーズのような言葉を並べながら銀は袋に入っていた(最後の一枚)板チョコを取り出した。あんたは一体いくつ板チョコを買ってきたのよ。

「知ってっか? ホワイトチョコってカカオ入ってないんだぜ。チョコもどきのくせにデケー顔しやがってよぉ…うめーよな」
「何が言いたいんだよ」

ホワイトチョコレートの銀紙をはがしてから、ケーキに塗った方の(黒い)チョコの余りを、角を小さく切った袋に詰めた。
銀は私の方を向いてニヤッと笑うと、ホワイトチョコをプレート代わりに、袋に入れた方のチョコで何かを書いていく。慣れた手つきでプレートに文字を綴っていく銀の手元に目が釘付けになる。

「これでヨシっと」

デコレーションが終わったプレートをケーキの真ん中に置いた銀は、冷蔵庫から取り出してヘタを取ったイチゴをケーキに時計回りに並べていく。

「…ねー、銀…」
「んぁー? あーそういやろうそくなかったじゃねーか」
「あのさ、私ね」
「線香じゃ…なんか縁起悪ぃーし」
「こ、これでどうよ、いいでしょっ!」
「おっ?」

私のおやつに取っておいたポッキーを棚から引っ張り出して、ズボズボとケーキに突き刺していく。銀がもうちょっと丁寧にさせとかまた文句をつけてくるけど、そんなん一々気にしてられないでしょ。大丈夫大丈夫、見た目崩れてないし。

私に、作らせたのって、このため…?

「ポッキー1箱じゃ数足りないよっ」
「足りないって…充分足りてんよ」

空になったポッキーの箱を額に押し当てて顔を隠す。
こんな回りくどいことしないでよね。最初から素直に言いなさいよ。もっと別の方法だってあったじゃない。
今度は私が口うるさく銀に文句を並べていく。

どんな反応をしたらいいわからなくて、文句を銀にぶつけていたら、ポンと不意に頭の上に銀の手が頭の上に乗せられた。

「あのさあのさ」
「なんですかー」
「誕生日おめでとね」
「そう言われっと、歳取った気分になんな」
「自分で”銀ちゃん誕生日おめでとう”なんて書いたくせに何言ってんの」
「これすげーだろ。お前のケーキ本体より芸術だろコレ」
「もう万事屋やめてケーキ屋でも始めなよ」




「おっまえやっぱマジで知らねーんだもんな。悲しいだろ」
「もっと早く教えてくれればプレゼント用意したのに」
「用意させたろ、これ」
「なんて策士だ」


祝われたいオーラ出してる坂田氏を書きたかった/空想アリア