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意気揚々と観月に明日の予定を話すと、彼は私が目の前にいることもお構いなしにはあと大きなため息をわざとらしく吐き出した。呆れたような、そんなやる気のない表情の観月を、ムッとした顔で睨む。
「いいですか」と観月は、スッと左手の人差し指を顔の横で立てながら私に諭すような口ぶりで言葉を繋げ始めた。

「貴女はわかってるんですか?」
「何をよ」
「あの…赤澤部長を、です」
「何がいいたいのさ」
「つまりですね、あまり期待をしない方が身のためだということです」

んふっ、といつものように得意げ口癖なのかもわからない擬音を吐き出した観月は、顔の横に置いた指をそのまま髪の毛に絡ませた。こいつの癖はわかりやすいと思った。データマン気取ってるくせに自分のデータまでとられまくって矛盾した奴だ、とお返しに言ってやれば、観月は「あの人に女性をエスコートできるなんて思えませんけどね」なんて嫌味を呟いた後、付き合ってられないと言うように私に背を向けて寮に戻って行ってしまった。なんて勝手な人なんだ。言いたい放題言ってくれちゃって失礼な。

「惚気話くらい聞いてくれたっていいじゃんね」

とぼとぼと寮の部屋への道をたどりながら、昨日のことを思い出す。日が落ちた後の12月の空気は肌に痛いくらい寒かった。
昨日の夜に来たメールの文章を一文字も違わずに思い出してみる。頬が自然と緩んだ。ふふっと笑ったら唇の間から不透明な二酸化炭素が吐き出された。ああ、寒い。

『明日、動物見に行かないか?』

たったそれだけの文章で、文末には顔文字でも絵文字でもない、ただの疑問符だけ。何の可愛げもないシンプルなメールなのに、心の中にいつまでも残りそうなメールだった。そんな気持ちを忘れないようにメールを読んで速攻保護したのはいうまでもない。
文章の途中にも文末にも何も使わない赤澤に代わって、『行きたい! 何時に何処で待ち合わせしますか?』という返信の文末にはハートの絵文字を3つくらい続けて入れておいた。ハート15個くらい入れたって足りないくらいだったけど、さすがに5個くらいハートが続いてたらちょっと鬱陶しいだろうと我慢したのだ。

部屋に戻ってクローゼットの中からお気に入りの服を何着か探してベッドの上へ並べる。
不器用な赤澤がデートに誘ってくれるなんて滅多にないから、私なりにその誠意に応えたいと思った。だから明日はめいっぱい可愛くした私を赤澤に見せてやるのだ。明日の動物園が楽しみだ。頭の中で明日のことをシミュレーションしてみる。まずは、像とかキリンとか大きな動物を見て、その後はウサギとかヒヨコとか、触れ合いコーナーに行ったりして、ついでに赤澤とも触れ合っちゃったりして触れ合っちゃったりしてえええええ! 「このウサギ飼いたーい」「ははっいつか飼おうぜ」「えっ」「ほら、一緒に住むようになった時とか…」とかそんなやり取りがあっちゃったりしてあっちゃったりしてっ! うはっ!
明日の洋服を決めて、興奮しながらベッドに入る。楽しみで楽しみで中々睡魔さんはやってきてくれなかった。




待ち合わせの寮の前。ああ、私服の赤澤がまぶしい…っ!
朝っぱらからクラクラしている私に気づいてるのか気づいてないのか、赤澤はさらりと「おっ今日可愛いな」とか普段ならどもりそうな言葉をサラッと言ってのけた。背景には異国の王子様が背負ってそうなキラキラのオーラ付きで。
不意に、観月の顔が浮かぶ。得意げな表情で頭の中に沸いて出た観月は「女性をエスコートできるなんて思えませんけどね」、と私に囁いた。ふん、データマンの名が聞いて呆れちゃうわ。観月なんかよりずーっと素敵な紳士じゃないか。

「お前動物好きだろ?」
「うん、好き!」
「喜ぶと思うぜ」

電車に揺られて、数十分目的の駅で降りて数分歩くと、楽しそうな人の声が聞こえてきて、もっとわくわくしてきた。
私と同じくらい赤澤もドキドキしてたり、ワクワクしてるのかな。そうだったら嬉しい。そうだったら、もっと好きになっちゃうよ。今の私をあらわすなら、贅沢者だ。

ぎゅ、右手に赤澤の体温が伝わる。キラキラした瞳の中に映っている私はなんだかいつもより素敵な女の子に見えた。早足で歩き出す赤澤はまるで、ずっとここに来るのを楽しみにしていたような・待ち切れないような子供みたいで可愛い。
彼女なはずなのに、なんだかお母さんみたいになってるような気がしてきて苦笑いがもれた。苦笑いが出ちゃったけど幸せなことに変わりない。

ぐんぐんと引っ張られるように園内に入る。人が騒ぎ叫ぶ声が耳に痛いくらいに響いていた。




パン、という銃声が鳴り…彷徨っていた私の意識が現実へと引き戻された。
私はどうなったんだっけ。何があったんだっけ。園内に入って、人ごみの中を赤澤に手を引かれるまま掻き分けて進んで………私はとある違和感に気付いた。


「ねえ、赤澤くん」
「おう、どうした」
「どうしたって、どういうことだろう…お馬さんしかいないよ」
「ああ、競馬場だからな」
「け、い、馬場…」
「心配することないぜ。俺たちはまだ中学生だからな、馬券は買えねーからよ」
「や、そういう心配じゃなくて…動物を見にって」
「何だ馬券買えた方がよかったか?」
「そういうことでもなくて…動物園に、デート…」
「馬がいっぱいいるだろー。動物見れりゃ動物園じゃねーか。おっ、おい、見ろ! あの馬すげーぞ!」
「…………」

一頭の馬がゴールするのと同時に、私の隣にいた赤澤が突然 「ぬおおおおおおおおっ!」と叫びだした。
私の頭の中には、優雅に脚を組みながら紅茶を片手に勝ち誇ったような目をして、「だから言ったでしょう?」 と言っている観月がいた。ち、ちくしょおおおおおおおおっ!

出てくる涙をぐっと堪えたら、赤澤がこっちを見ながら綺麗に笑って「二十歳になったら、また一緒に馬券買いに来ような」、なんて言うものだから私は何も言えなくなった。何で動物園が競馬場なんだよ。ここは一緒に今度は動物園行こうな、だろうが。文句の一つ二つあったのに、ぐるっと丸め込まれてしまったのは、赤澤があまりにも素直に笑っているからだ。そんな正直で真っ直ぐで女心がわかってないバカ澤が好き。今日も明日も、明後日も大好き。でも、どうせ一緒に行くなら動物園がいい。




鹿



2万打つっかへ/愛執 nya