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「沖田ってさあ、実は死神でも飼ってるの?」
「なんでェそりゃ」
「なんか沖田と関わるとロクなことないしさ」

そういえば土方君も常に危険な目に遭ってるし…沖田のせいで。やっぱ沖田って死神の類を飼ってるんだ。そうに違いない。土方君が前に「アイツ、俺を殺そうと魔王を召喚する儀式みてーなのやってるらしいんだ」、そんなことを言っていたような。死神じゃなくて魔王を召喚してしまったのか。なんて哀れな奴。

「自分が補習受けることになったのを人のせいにするなんて、残念な奴でさァ」
「テメーのせいだろうがァァァァ!!!」

授業中、隣の席の沖田にわざとなのかなんなのか足を踏まれ、そこから口論になって足の蹴りあいをしていたら銀八に見つかり、なんの仕打ちか「お前ら放課後居残りな」と言い渡されてしまったのだ。
「不純性行為は教室内では禁止だ。罰としてこれ、終わるまで帰るなよ」とプリント数枚を銀八に手渡された。沖田は手を頭の後ろに組んで口笛を吹いていた。あれのどこが不純性行為だってーの!! 抗議する私に、銀八は「男女のいちゃこらイコール不純性行為だ!」と説得されてしまった。意味がわからない。あの蹴りあいのどこがいちゃこらだコラァ。

プリントをちゃっちゃと片付けて、職員室にいた銀八に渡して帰りの仕度を始める。

「何で職員室行くついでに鞄持ってかなかったんでィ。アホだろお前」
「うるさいな、何で沖田まで着いてくんの」
「お前アホだからまた何かありそうで帰りたくても帰れねぇんだよ」
「腑に落ちないんですけど、それ」
「もうちょっとお前の頭がマシになれば俺も楽になんのにねィ」
「誰のせいでこんなことになったと思ってんの」

沖田は軽く流しながら早く鞄取ってこいと、教室のドアの前にいた私の背中を押した。


「最近暗くなるの早くなったね」
「お前がちんたらしてっからもうこんな時間でさァ」
「別に先に帰ってくれてもよかったのに」
「どーせ近所なんだし、話し相手がいた方がいいだろィ。お前のことも送ってかねーと後で姉ちゃんに叱られるんで」

11月ももうすぐ終わって、少ししたら12月に入る。この前まではこの時間でもまだ夕日が住宅街の屋根の隙間から綺麗に指し込んでいたのに、今じゃもう夕日は自分の役目は終わったと言わんばかりにせかせかと沈んでいく。まだ夕方だっていうのに、空はもう真っ暗だ。街灯が少ないこの道を一人で歩くのはちょっと怖いし、沖田がいてくれてよかった。…あれ、でも沖田と関わらなければこんな時間に歩かなくてもよかったんじゃ…。
マフラーに口元を埋めながら寒ぃと呟いている沖田を見る。
やっぱコイツ魔王とか死神とか飼ってるんじゃないの?

「ねえ沖田」
「何でェ」
「そのマフラーさ、私があげたやつだよね」
「そーだっけ」
「そーだよ」
「ああ、確か俺の誕生日にくれたんだっけか」
「そうそう。真夏にマフラーって空気読めてないって沖田にさんざん言われたよね」
「あンのくそ暑い中マフラーなんてもらったらそりゃ萎えるだろーが」
「でも役に立ったんだからよかった」

そう言って私があげたマフラーと沖田を見る。やっぱり私ってセンスあるじゃんね。空気読めてないように見えて実はめっちゃ読んでたんだよ。うん。

「あーっ、寒!」
「そらセーターだけじゃ寒いだろ」
「男子っていいよねー、女子は冬でもスカートだよ」
「あのチャイナ娘はジャージはいてるじゃないですかィ」
「うーん…そうだけど」

でもさ、―― 一旦言葉をとぎらせて沖田が合わせてくれていた歩調を狂わせる。

「私がジャージなんてはいたら沖田残念がるでしょ?」
「生足ですでに残念だろーが」
「うっせーよ。ノリ悪いんだよ沖田は」
「どこがでェ」

先に進んだ私の隣に沖田が並ぶ。隣に来た沖田は私の歩調に合わせて歩く。私はそんな完璧なリズムがなんかこそばゆくて、沖田の歩調を狂わせようと足を速めたり遅めたりを繰り返す。それでも何もないように綺麗に歩幅を合わせてぴったり私の速度に合わせてくる。

「赤鼻のトナカイみたいでさァ」
「…? 私の鼻が?」

トナカイっつーよりアンパンマンだな、と沖田はプッと吹き出すように笑いながら曲げた人差し指の第二関節で鼻の頭をちょんちょんと触った。その顔、反則だと思う。

「ほっぺまで真っ赤でアンパンマンそのものじゃねーか」
「アンパンマンなんてやだー!」
「わがままな女でさァ」

ニヤニヤしながら目を細めた沖田はその手で私の鼻の頭をつまむ。むぐぐ。
しばらくケラケラと笑った後、気が済?セのか沖田は私の鼻から手を離して再びポケットに両手を突っ込んで歩き出した。ていうか沖田がアンパンマンとか口にする日が来ようとは…いやその単語を口にした沖田よりも彼が子供に人気の国民的アニメを知っていたことの方が驚きだ。ドラえもんはかろうじて知っていたとしても、いやそんなことさして重要なことでもないな。それよか、沖田の手ってこんな体温高かったっけ?
冷えた鼻の頭に沖田の温度が移って一瞬痛かった。お水で冷やした脚をあったかいお風呂に突っ込んだ時のああいう感じ。じんわりと痛みが走るあれ。

肉まん食いてーなーとかぼやいている沖田に私はあんまんが食べたいと呟き返した。


「あ、」
「どうした。コンビニなら寄らないよ。私今30円しかないから」

沖田のおごりなら寄ってもいい、という言葉は顔の前に突如現れた物のせいで言えなかった。沖田が取り出し私の顔の前に出されたソレが鼻先に当たる。

「な、なに…」
「これやる」
「えっ?」
「寒いだろ?」

ぽとり、私の手の上に落とされたのはさっきまで沖田のポケットの中で暖められていたホッカイロだった。沖田の手があったかかったのはそのせいか。

「このカイロ、私が使っていいの?」
「ん」
「な、何か怖いんだけど」
「俺は暑いから…お前が使え」
「…沖田が優しい…?」
「素直にありがとうって言えねーのかお前の口は」

口元のマフラーを鼻の下まであげて、沖田は空っぽになったポケットの中にまた両手を突っ込んで歩き出した。どこが暑いんだっつの。しっかり寒がってるじゃん。

「沖田ぁー」
「なに」
「カイロあったかーい」
「そりゃよかった」

少し強い風が吹く。ぎゅっと沖田がくれたカイロを握ったら、手が暖かくなったおかげか、沖田が珍しく優しかったからか…別にこんな風くらい、寒くない、全然余裕だと思えてきた。そう感じたのはやっぱり沖田が隣にいるおかげなのかもしれない。
いや、やっぱカイロのおかげかも。