×
強いから優しい 「苗字って、いっつも死人みたいな顔しとるよな」 「それ本人に言うたら多分お前が死人になるで」 「うわ、なんや寒気が…!」 失礼極まりないことをコロッケパン片手にさらっと言ってのけた謙也を横目で睨んでさりげなく注意する。まあ、死人みたいな顔してるっちゃあしてなくもないが。 「生気っちゅーか、いっつも疲れてそうな顔しとるやん」 「顔色はよくないな」 「よくないっちゅうか悪いやろ、めっちゃ」 「何や謙也よう苗字さんのこと見てるんやな」 今朝のことで彼女の話題を引っ張るのはわかるが、先ほどからやけに彼女につっかかってるような気がする。しかもようめっちゃ見てるんかごっつ細かいとこにまで目ぇつけとるし。 びっくりした顔で謙也を見れば、しまったという顔が覗いた。 「親しいんか」 「苗字と?」 「おん、さっきからよう気が付くし」 謙也は、言おうか言うまいか迷うようにあちらこちらに視線を泳がせた後、意を決したのかしゃあないなと小さく呟いてから「あんな」と切り出した。結局話すことにしたらしい。こいつ絶対隠し事とか苦手やな。俺の秘密はコイツには絶対言わんとこ。 「この前、うちで苗字のこと見かけてん」 「お前ン家って病院の方の?」 「ん。でな、その…この前が初めてとちゃうねん」 「……それって、」 謙也は何も言わずに、空になったコロッケパンの袋をくしゃりと握ってその手をそのまま床につけると、もう片方の手も床について両手でバランスを取りながら背中を斜めにずらし体重をかけた。何を思ってるのか、謙也は何も言わずに空へと向けていた視線を灰色のコンクリートの一点へと移した。俺は、言いかけた言葉の先が思いつかず、ただ謙也の反応を伺っていた。 なあ、俺は今なんて言おうとした? なんとなく形にできないだけで、聞きたいことは決まっている。 「苗字がいつも元気ない顏なんってそういうことなんかな、って思う」 そういうこと、と謙也は曖昧にしながら言う。そういうことって何やねん…その言葉を言えないのは何故か。聞いたらマズイような気がした。重要なことだったのかもしれないし、そうでないかもしれない。どちらにせよ謙也には絶対、秘密や隠し事は言わないようにせなアカンと心に誓った。口が軽いとかそういう問題ではなくて。 「彼女どっか悪いん。あ、俺これ聞いてええんかな、アカンよな」 言ってから自分の発言が無駄だったことに気付いた。何を軽々しく自分でない他人のことを他人に聞いてるんだ。俺いっちゃん関係あらへんやん。いやなんかクラスメイトやから気になって…そりゃ心配するやろ、と何故か自分に言い訳を並べる。そこにやましい気持ちなんてなくてほんと純粋に気になってしまっただけだ、いや知りたいと思うこと自体が純粋の域を超えてしまっているかもしれない。 「そこまでは俺も知らん。ただ身体が弱いだけなんかも…学校も普通に来とるし」 「普通に、なあ」 普通に学校に来てる。その基準はなんだ。 俺や謙也は毎日学校来て授業受けて昼食ってまた授業受けて部活行ってってそれが普通やと思ってた。普通として考えたことはなかったが、一般的に言う“普通”とはこんなものだろう。 彼女が普通…とは言い難いような気がする。朝はいなかったり昼からの授業はいたり、朝いたのに昼からは消えていたり、一日中いなかったり何日か学校に来なかったり…。一日中、俺や謙也みたいに見つけやすいところにいて、授業を受けている姿を見たのはほんの数回だったような気がする。ただ俺が意識していなかっただけかもしれないけど。だけど確かなことは、彼女はよく教室から姿を消すということだ。学校を後にしているのか校内のどこかにいるのかまでは知らないけど。 でなければ、俺や謙也なんかに賭けの対象にされるわけがない。彼女が学校に来ない日は多々あって、今日は来るか来ないかを賭けているクラスメイトを何人か見たことがある。 俺や謙也もその一組だった。周りの連中みたいに面白がってやったわけじゃない。ただ、人を勝手に賭け事に使う奴らの気がわからないから試してみようか、そんなノリだった。それもあまりイイコトではないけど。 試してみた結果、あまり楽しいものじゃないとわかった。ソワソワはするけれど。周りの連中はどうなんやろ、楽しんどるんかな。 俺なんか謙也の胃袋を満足させるために痛い出費をしてしまった。昼休みを半分以上過ぎていたのに、お目当てのパンが揃っているなんて珍しい。謙也はものごっつ感激して購買のおばちゃんに抱きつきそうな勢いやったな。コイツの襟元掴んでなかったらどないなっとったことか…。苗字さんと俺の分の昼買うくらいやったら全然平気やってんけど、謙也の胃袋まで満足にさせるとなると、かなりの金額が俺の財布から消えた。ああ、俺の財布から野口英世が一枚抜けていってしまった。あれ、ちゅーか苗字さん今日結果的に来たよな。何で俺がおごらされとんねん。あれ? 「身体が弱いだけ、か」 素直で根が優しい謙也のことだから、きっと今頃苗字さんのことを考えているに違いない。謙也は良い奴だから、そこまで仲がよくなくても知り合いならば、何か問題があるならずっと心配しているような奴だ。 親父さんが経営してる病院で何度も苗字さんを目撃してるとなると、謙也でなくても気になるのは当然なのかもしれない。でも身体が弱いって、どっか悪いってことなんちゃうんか? それこそ俺が入ってっていい場所じゃないのかもしれない。 「って、何で俺ら苗字のことずっと考えてんねん!」 「ああ、確かに。苗字さん注目されすぎやな」 「第一アレやねん、アイツは!」 「アレって?」 「ネタにされすぎやっちゅー話や! アイツそんな目立つの好きなタイプちゃうやろ、絶対! なのに悪目立ちし過ぎやねん!」 「今日も日本はアツイですー。俺の半径2メートルはもっとアツイですー」 「もう知らん、苗字なんもう知らん!」 「苗字さんは元々、お前に知られてもどうもせえへんのやないか」 「そこうるさい!」 知らないとか言いつつ、きっと3分後には苗字さんの名前が謙也の口から出るんやろなー。 |