×
僕もその一人 今更授業受けるんもだるいわ…。向かった先はお馴染みの保健室。あー、何もやる気がおきん。これでも一応傷心中っちゅうことか。深い溜息を吐きながらドアを開けると保健医がこちらを振り返って「あらまたサボり?」と声をかけてきた。何やまたって。 「ちゃいますわ、心の病気中なんや」 「はあ?」 若いモンには色々あんねん、と名簿に記入しながら言えば、保健医のこめかみがぴくりと動いたのを視界の端に捉える。 「先生もなんや心の病気になってきたかもしれん、財前のせいで」 「ああそらお大事に。俺も心に傷おってるんでちょお休んできますわ」 「なんやほんまに今日元気ないな、どないしてん」 「傷は多分あんま深くないんやけど、ついさっき失恋したんっスわ。きっついわー」 「そらご愁傷様やったな」 保健医の少しトーンの下がった声をバックに俺はベッドにもぐった。 寝たら少し頭もすっきりするやろ。 授業終了を知らせるチャイムと同時に目が覚める。あー、2限は出んとな。だる。 気だるさを引き摺りながらカーテンを開ける。そんなに寝たわけじゃないのに頭が重い。ポケットに両手を突っ込んで踵を引き摺るように教室まで歩いてくればドアの前で立っている部長がおった。周りの女子がきゃっきゃきゃっきゃ騒いでいる。この人が近くにおるとほんまうっさいねん、周りが。気だるさを増幅させながら部長に声をかける 「待ち伏せっスか」 「お前に用があるんや、ちょっとええか?」 「…はあ、しゃーないすわ」 先輩の次は部長か…うんざりしながら頷けば部長は俺の心情を知っているのだろうか。今日くらいはそっとしておいてほしいとこなんやけど、まこれも俺の撒いた種っちゅーか作戦っちゅー話や。 連れてこられた場所がついさっき名前先輩と分かれた場所だったので更に俺はうんざりした。この人ほんまちょお空気読んでくれへんかな。部長に気付かれないように静かに溜息を吐いた。 「苗字さんのことやねんけど」 「…解ってますわ」 「財前、本気なん?」 俺が今朝先輩に振られたことなど知らないという顔で、真面目にそんなこと聞いてくるもんだから俺のうんざり度は更に上昇した。 本気かちゅうたら本気やったし、でもまだ引き返せる程度の気持ちであったのもまた事実だ。 「名前先輩の過去のこと」 「…知ってるんか?」 「少しだけなら(…予想やけどな)」 部長は微かに目を見開いてから、そうかと寂しそうに呟いた。 「別に関係ないっすよ」 「は?」 「先輩の過去とかぶっちゃけどうでもええわ。俺は過去の先輩が好きなんやない、今の名前先輩が好きなんや」 そうだ、過去にこだわることなんてない。先輩の過去に俺は関わっていない。俺が関わって好きになった先輩はここに来てから出会った先輩なのだから。先輩の過去に俺がいないのなら、そこに惹かれる理由なんてない。 「まあ…先輩の過去っちゅーんを受け止めろっちゅーなら話は別ですけど」 「本気、なんやな…?」 「部長」 「…なんや」 「謙也さんからも言われたと思うんですけど、部長がいつまでもそないのんびりしてるんやったら俺が奪ったる」 「なっ、お前どこまで知って…!」 「名前先輩のためやってそないな構え方してるんやったら俺は退かんで」 …まあ、本当はもう振られてんねんけどな。あーもーこの人も先輩もほんまめんどくさい。謙也さんはこんな二人に普段から挟まれてるんか、なんや同情するわ。謙也さんが名前先輩に好意を抱いてても抱いてなくても歯がゆいと感じてるに違いない。 部長は考え込む素振りを見せた後ようやく口を開いた。 「財前、俺はお前がどんなに攻めてこうと俺は負ける気だけはあらへんで」 「はあ。でもま、俺のが1歩リードなんちゃいます?」 「なんでやねん」 「やって名前先輩の初キスの相手やしな、俺」 「なっは、初キッ…!?」 「ほな部長もせいぜい頑張ってください、張り合いないんで」 じゃっ授業があるんで、と踵を返せば焦り狂った部長の「ちょお待て財前お前、ちょ、待ち」の慌てた声が背中に届いた。あーほんまうざいっすわあ。2限目は出なきゃあかんのにだるすぎやろこれまじ…。キスなんてしてへんけど、部長にはもうちょっと焦ってもらわな、いつまでたっても進展せえへんからな。焦ってる姿とかレアもんや。部長はもっとがっつりいくべきやと思うほんまに、もう見てられんで。 絶対口には死んでもせえへんけど、俺にとって謙也さんも部長も大事な先輩やと思うてる。 部長と名前先輩のことで歯がゆい思いをしてたり悩んでる謙也先輩も放っておけんし、名前先輩のことであれこれ悩んでる部長も正直見てられん。 ちゅーかあの二人はよくっつけや。俺も謙也さんも報われんちゅーねん。 |