星とメランコリー | ナノ
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傷痕が残る歌



……あれ?
目の前に居たのは財前だった。その後ろはベッドでそのまた後ろには小さな窓があって空があった。はずなのに。
財前は目の前に居るのにその後ろに見えるのは壁と同じ色した天井に、蛍光灯。
さっきよりもぐっと近くに財前の顔があって、近い って押し退けてやろうとしたけど両手が何故か財前の手によって拘束されていて出来なかった。

「俺も先輩のこと好きやで」
「…、……」

ありがとう、そう普段だったら言ったかもしれない。いや照れ過ぎて慌てながらわけわかんないこと口走ったかもしれない。人に好きって言われたことなんて、私の記憶にはない。嬉しいのに、嬉しいはずなのに、喜べないのは何故か。白石じゃないから?いやそんなの関係ない。好きって言われたのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになるのだろう。どうして私の頭の中はこんなに冷静なんだろう。財前に押し倒されてると自覚したらちょっとだけ慌てたけど。

「やから、先輩のこと教えてくれへん?」
「私の、こと…?」
「部長たちが知っとって、俺の知らへんこと」
「わかんないよ、」
「部長たちが知っとって俺が知らんて対等やないやろ」
「…何で、財前はそうやって区別したがってるの?」

財前の突然の行動の意味が解らない。苦しそうな財前の表情の意味さえ解っていない。ごめんね、財前、私君のこと解ってあげれてない。財前の好きって何?私の好きと違うのだろうか。白石たちが知ってて財前が知らないこと。そんなの、私の過去のことしかない。
財前は何か知ってるんだろうか。財前は私の過去を知っているのだろうか。そうだったら…もしそうだったら…?
どうしたんだろう、どうなるんだろう。それすら解らない。涙が出る理由も解らない。

「……何でやろな」
「え、っ…」
「自分でも解らんわ。何で、こんなに先輩のこと独占したいんやろ」
「財前…?」
「たぶん、俺、ほんまに―……」

そこで財前の言葉は途切れてしまった。私達の後ろでドアの開く音が財前の最初の言葉に被さってしまったから。

「……財前…?」

財前が、あ、と口を開ける。私の身体がピクリとその声の持ち主に反応する。

「部長、」
「何しとんねん」
「名前先輩押し倒してるだけですけど」
「なっ…!?」

一瞬、財前の顔がぼやける。溜まった涙が流れるとまたはっきりと財前の輪郭を捉えられたけど、私の視線は財前の後ろに広がる白い天井を見つめていた。私が意識的に見ているからそれが移ったのだろうか、頭の中まで白くなっていく。
財前が私の上から退く。掴まれていた手を引かれ身体が起き上がる。財前がすんませんと小さく謝ったのを意識の奥で聞いた。

「俺、たぶん先輩のこと好きなんや」

うん、さっき聞いたよ。ボーっとし始めた頭のまま財前を見れば、財前は悲しそうな顔のまま笑って私の手をきゅっと握った。

「先輩が部長想っとるのと同じ好きの方」

そう言って手を離した財前はそのまま私の前から消えて、白石の横を通り過ぎようとしていた。それを白石が止める。

「白石っ、いいから…財前、ごめん…行って」
「苗字さん…」

財前はそのまま何も言わずに保健室から出て行った。白石は何も言わずにドアを閉めて私の後ろまでやって来た。

「前、座っていいよ?」
「ん」

私の前へ回った白石は、そのまま私の前で膝をついた。前のベッドに座っていいよって意味だったんだけどな。

「財前にね、好きって言われた」
「え、…!」
「最初に好きって言ったのは私の方なんだけど」
「…っ……!」
「私、人に嫌われてばっかりだったから、好きって言ってもらえて嬉しい、はずなのに…っ…悲しくなっちゃっ…!」

白石が、私に向かって伸ばした手を途中で引っ込め、私の横に置いた。
私の財前を好きっていう気持ちは嘘じゃない、けれどその好きはきっと白石に対するものとはまた違う。それを財前は理解していて、それでも財前は私を好きって言ってくれて。その好きは私の白石に対するものと同じだった。
泣いてる自分が解らない。悲しい顔をしていたのも泣きそうな顔をしていたのも私じゃなくて財前の方なのに。
財前は大切だけど、その彼の気持ちに応えられないのが悲しいから泣いているのだろうか。自分の涙の意味くらい、泣く理由くらい自分で理解しろよと言いたい。きれいごとばかり並べる自分が嫌になってくる。

「財前はやっぱり、私からしたら少ない友達で、大事な人だから、前の学校のこと話さなくちゃいけないのかな」
「え?」
「財前が、白石たちが知ってて財前が知らないこと教えてって、そういうことでしょう?」
「苗字さん、それは君にとってとても大事なことやって俺は思うとる。やから謙也や財前に苗字さんの過去のことを話さんかった。苗字さんのしたいようにしたらええよ。相手が財前やから話さなあかんなんてことはないで」
「……」
「苗字さんが話したいと思ったら話したらええ。無理に言うことない」
「財前の、気持ちにはきっと応えられないけど、っ財前は大事な人で、けど財前にも私の過去話すつもりはないし、聞かせたくないよ…っ」
「ん、財前やって苗字さんが大事なはずやから、話せへんって言えば無理には聞いてこんよ」

傍に置かれている手に自分の手を重ねてみる。

「ちゃんと、財前と話さなな」

自分の過去を打ち明けたら財前は私をどう思うだろう。どんな目で見るだろう。そう考えたら怖くて話せない。
それ以前に、過去のことを思い出したくない。正直、恥ずべき過去だと思っている。例え白石や忍足や、100人の人に私は悪くないと言われても、きっと根っこの方は恥ずべき過去という鎖で繋がれたままだろう。誇れたものじゃないんだ。
財前には、財前だけじゃない。これ以上私の過去を知る人を増やすつもりはないんだ、例えそれがどんなに大切と思える人であっても。