星とメランコリー | ナノ
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交換条件と等価交換



今までのことが夢だったんじゃないんだろうか、そう錯覚してしまう。永い夢から覚めたような気がした。そう感じた理由は寝ぼけた頭でもすぐに解った。

「…こんなに寝たんだ…」

ゆっくりと体を持ち上げるとグラリと頭が揺れて痛みが走った。それと同時に体中が悲鳴をあげる。

「……寝すぎた」

寝すぎて元気になるどころか逆にぐったりだ。起こした体を再びベッドへと沈め両手で目を覆った。真っ暗。肺いっぱいに息を吸い込みゆっくりと吐き出す。どんな夢を見たんだろう、いつもは鮮明に覚えているのに思い出せない。人間は覚えていなくても必ず毎日夢を見るという。思い出せないけど、私の寝てる間にはたくさんの夢が頭の中をかけていったのだろう。それは幸せだっただろうか、恐怖だっただろうか、思い出そうとしても何も思い浮かばない。別にいいや、それでいいや。
以前のように鮮明に過去の映像が流れたんじゃないんだから。それだけで少し安心できる。

片手をベッドについてゆっくりと起き上がる。寝すぎた、そのせいで体が痛いなんていつぶりだろう。こんな感覚だっただろうか。嬉しいと言えば嬉しいのだがなんだか複雑だ。
体中痛いし頭は重いし最悪かも。最悪、そう呟いたのに何故か口元が笑っていた。

時計を見る。時刻は12時をさしていた。もうお昼か…着替えを手にしながら時計を眺める。
パジャマに手をかけたところで私の脳は漸く起床したようで、今日は平日で普通に学校があったわけで今は昼休みにさしかかっている時間だということに気付く。目の前にある服は自分の普段着だった。

「違うよ制服だよ制服」

急いで制服を取り出して着替える。今から急いで学校に向かって、何時につくだろう?
制服を身に包んで下におりる。どうやら家には私一人だけのようだ。お母さん起こしてよね!
テーブルの上にはちゃっかり私の分の朝食が用意されていた。これを残していくのも忍びないのであり難く頂戴することにした。朝ご飯(昼ご飯か?)を温めなおしている間に、朝食を済ませてから学校につくまでの時間を計算してみた。残りの授業に間に合うか微妙だぁ…。

まあHRだけでも出よう、そんな事を考えつつご飯を口へ運ぶ。いやHRだけ出ても意味あるのか?
遅刻より欠席してしまった方がいいんじゃないか?そもそも私がこんなに学校に対して固執するのも珍しいな、今日なんかあったっけ…?いやないよ、得に大事な用事とかないし。って何で白石の顔が浮かぶかな!

白石の顔が頭の中に浮かんだ途端に、箸を動かす手が速くなった。いや別に白石がいるから学校行きたいとかそんなんじゃないし、ちょっとでも白石に会いたいとかそんなんじゃないし?
別に休んだって構わないし。私が休んで白石が心配したらどうしようーなんて調子こきまくったこと考えてないし別に?
白石とか関係ないし、別にどうでもいいし関係ないし。本当に白石なんて知らないし白石がいるから学校行きたいとか学校行ったら白石に会えるじゃんみたいなこと考えてるわけじゃないし。学校行って勉強するだけだし学生の本分まっとうしてくるだけだし。

よし、学校行こう。


なるべく自分では急いだつもりなのだが、やはり昼休みが終わるまでには着けなくて今更教室に入るのも何かと面倒だと思い保健室へ足を運ぶ。なんか久々に入った気がする。失礼しますの声は静かに保健室内に響いた。この時間帯で先生がいないということは、タカハシさんの所に行っているのだろう。タカハシさんの受けてきたことや現状を思うとやはり胸が痛んだ。自分と重ねるたびに彼女のためのものなのかはたまた自分へのものなのか解らない涙を流したくなる。当のタカハシさんは私の存在なんて知らないし私にどう思われたってどうしようもないのだけど。

とりあえず保健室に来てみたのだが別に体調が悪いわけでもないし、今朝は珍しくちゃんと寝れたわけでこれ以上は寝たいと思えない。どうしよう。次の授業までは少し時間がある。
読書でもしに図書室に行けばよかったと思ったけど、あそこまで歩くのも億劫だったのでとりあえず保健室のベッドに腰を落ち着けることにした。図書室まで行くのが面倒ってどんだけだ、私が一番面倒だろ。

ベッドのふちで体育座りをしてぼーっと佇んで居たら前方から「パンツ見えとんで」の声。
はっとして顔をあげれば無表情の財前が胡坐をかいて膝に肘を置き頬杖をつきつつ私を見ていた。
正しくは私の体育座りをした膝の少し下辺り。
慌てて声をあげるより先に膝を立てた体制から正座へと切り替える。財前は無表情から一転して笑顔になって

「嘘やで、先輩動揺しすぎやろ」
「ざい、財前!もう!いるならいるって言ってよ」
「むちゃくちゃ言うわこの人」
「むちゃくちゃ?」
「なんもないわ」

こうして見ると財前って結構保健室にいること多いなあ。サボり魔ってやつかな。不良っ子め。

「そんなサボってばっかだと成績ひどくなっちゃうよ」
「そんなん先輩やって同じやん」
「えっそんなことな…」

出席しなかったり早退したりとあまり教室で勉強できていないのは否めないが、よくこうして保健室や屋上に足を運んでサボっているのもまた事実なのだが勉強していないわけではない。
寝る事にも貪欲な方ではないし、寝たくても寝れないので朝がくるまで勉強漬けになっていることも多いのだ。だから成績が下がったことはなかった。
財前に追求されても返しに困ると思い咄嗟に口をつぐんでしまったがそれが余計財前の目についてしまったようでどうしたと問われてしまった。

「別に何もないけど…」
「ふーん。まあええですけど」  
「私じゃなくて財前の話してたんだよ。ちゃんと勉強しなくちゃだめだよー」
「頭のデキがええからなぁ」

考え込むような顔でそんなことを口走る財前に軽くイラッときた。え、なんでそんな難しそうでうーんなんて唸るの?え、なに自慢?
憎たらしく眉根を寄せている財前を睨んでいれば財前はまたパッと笑顔になって「冗談すわ」と言う。財前ってこんな表情豊かな子だったっけ。

「何か機嫌いいね?」
「まあ先輩と会うたし」
「…………」

財前って初めて喋った時からそうだけどやたらと私を褒めるというかプラスなことばかりかけてくれる気がする。そんな言葉をかけられるたびにこそばゆい。財前が思ってるほど私は素敵でも素直でも綺麗な存在でもないのに。私の過去や今私の思ってる感情を財前に打ち明けたら、私の声や発音を気に入ったと言ってくれた財前は私を否定するだろうか。

「この前の休みに」

胡坐をかいていた財前はそう切り出すなり、私の目の前まで移動した。

「先輩、部長たちと何処行ったん?」
「えっ」
「あれ、氷帝の跡部たちやろ?」
「見てたの?」
「まあ、たまたま学校おって…したらいきなり校庭にヘリが止まってなんや思ったら先輩らがおって」

財前のあの日というのは私達が東京へ行ったあの日のことだった。まさかあの場に財前がいて見られていたとは気付かなかった。

「皆で遊び?」
「遊びじゃ、なかったかな…」
「俺はてっきり先輩は人付きあいは好きちゃうと思っててんけどな」
「…どういう意味?」
「跡部たちとも交流の輪を広げてたんやって思っただけやけど?」
「遊びじゃなかったって言ってる」
「……あー、もうやめややめや」
「……は…い?」
「先輩って部長と謙也さんとしかおれへんから、あの二人の次っていうたら俺かなって勝手に思ってたんすわ」
「うん?」
「跡部たちと一緒におったんに俺がおれへんのが不服やっただけ!なんやもう」

調子狂うわ俺めっちゃかっこ悪いやんな、と財前は小さく笑う。ん?つまり財前が言いたいのって自分がのけものにされたのが気に入らないってこと…?
この子ってこんなに可愛いこと言うっけ。まあ確かに私が普段一緒にいるっていったら忍足か白石だしそれ以外だったら何故か(ほんとに何の縁か)財前なんだよね。それに別に財前をのけものにしたつもりはないし、確か(記憶があやふやだけど)忍足か白石が財前を連れてけとか言っていた気がする。

「そうだね、白石たちの次に仲いいっていったら財前だよね」
「なんや急に。どうせ俺だけしか仲良しと思うてなかったんや」
「財前ってそんなキャラじゃなかったでしょ!もっとクールな…」
「悪いん?」
「…ん?」
「先輩の前でもクールぶってへんとあかんのかって聞いてんねや」
「そん、なことない…です」

財前って案外面倒くさい性格してるんだね、って笑うと彼はとても不機嫌な顔で私を見てうっさいと一言返すのだ。

「私財前のこと好きだよ」