星とメランコリー | ナノ
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言えなかったさようなら





「おっ白石が勝ったみたいやで!」
「あっ!」

しまった、ほとんど試合見てなかった!うぅぅぅぅ、見たかったのに!
観客から黄色い声が上がる。こっちに夢中で白石たちの試合を見過ごすなんてなんてもったいないことをしたんだろう。
うわーうわーと心の中で焦っている中、試合を終え光る汗を滴らせて美男子二人が近づいて来た。試合ほとんど見れてませんでしたなんて言えない‥!

「(名前かけての勝負やのに3セットで終わらせるんか…別にええけど)」
「見とってくれた?」
「え、う、うん!」
「はは、おおきに」

嬉しそうに笑顔で頭を撫でてくれる白石にとっても胸が苦しくなった。ごめん後で正直に試合見れてませんでしたって謝ろう。隠しとおした方がいいんだろうけど、白石に嘘なんて吐けないや。

「苗字さんっ!」
「…え、……あ………」

浮かれていられるのもつかの間で、まさかあっちから私に声をかけてくるとは思わなかった。
彼女たちはみんな不機嫌な顔をしながら私を睨んでいる。

「私たち、苗字さんと話したいことがあったんだ!」
「久々に会ったんだし、ちょっとそこで話そうよ」
「そうだよ、まだクラスの子たちも残ってるかもだし」

ね?と無理に作られた笑顔が私に向けられた。いかにも久々に会えたクラスメイトを歓迎するような態度で私の両手を握ると楽しそうに引っ張り出した。
さすがに強引だなと感じ、自身の危険を察知したように頭の中で警報が鳴る。今彼女たちに着いていったら、あの時と同じになってしまう。怖い、怖い。怖いのに声が出ない。声が出ないというか声を出せないように彼女たちが次々と言葉を発して隙を作らないんだけど。

「ねっ白石くんたちもいいよね?」
「ん、おお。せっかく会えたんやしええんやない?」
「へへっありがとう!」
「ほな俺らはまだ試合続けなあかんから後でな」

笑顔で白石がひらひらと手を振る。どうしよう、泣きそうだ。
怖いんだよ、白石止めてよ。なんでそんな笑って送り出してるの?
この流れで私が今連れてかれたらどうなるか解るでしょ、なんて白石のせいにもできない。
私自身まだ何もしてないんだから、真っ向勝負の場ができたと思わなくちゃ。それでもやっぱり怖いものは怖い。行きたくないという思いが外に出てしまって足を踏ん張らせたりしてみたけど、掴まれた手首に力を加えられやはり無理やり連行される形になってしまった。





連れてこられたのは体育倉庫の裏。どうしよう、震え…止まらない。
手首を拘束したままの状態で倉庫の壁に叩きつけられる。痛い。その子の後ろで取り巻きが電話を取り出して私の居場所を話し出した。「あの苗字名前が来てるんだ!体育裏にいるからおいでよー!」……どんな誘いだよ。嬉しくない歓迎会になりそうだ。


「あんたさあ、よくここ来れたよね」
「………っ」
「はっ、怖くて何も言えないってか」
「でもさあ、一体どんな手使ったわけ?あんたみたいなブスが白石君たちに好かれるとか有り得ないんだけど」
「体でも使っちゃった?」
「ちがっ…」

「ほんと、あんた汚いわ」

壁に背を叩き付けられてまだ痛いのに今度は横に倒されて半身が地面と激突して痛みが走った。三分の二くらいやられたんだけど。白石、私、今度こそ負けないよ。助けを求めてばかりいないから。

「そうだね…あなたたちがどんなに白石たちに騒いでも、白石たちは私に夢中なんだもん、悔しいよね」
「はぁー?お前は体使ったかもしんないけど、うちらだったら体なんて使わなくてもいけそうじゃん?」
「体使ってたのはあなた達の方じゃない?」

起き上がって彼女たちを睨みつける。彼女たちの神経を逆撫でしてしまったようで顔を真っ赤にさせながら罵声の嵐が起った。うるさいな、うるさい…。

「前もそうだったね。いくら騒いでも結局相手にしてもらえてなかったよね…」

くす、と小さく笑いが漏れてしまったのがいけなかったのか彼女たちの罵詈雑言が一旦止まり今度は足が出てきた。膝上を蹴られてまた体制を崩してしまう。痛い、痛いよ。体も痛いけど心も痛い。もう充分ってくらい痛みを知った。

「私、あなた達よりずっと幸せになる」

わざわざ騒がなくてもあっちから寄ってくるんだよ、そうして彼女たちのプライドを傷つけてやるのが白石たちの考えてくれた、私のための仕返し。人としてあまりいいことじゃないけど。
私はもう過去のことで苦しみの支配から抜け出せると思った。
私なりの誓い。言いたかったのはきっとこの一言だった。
彼女たちがとても楽しそうに笑ってた、何も変わらない環境の中で幸せそうに笑ってた。
なら私はもっと楽しそうに笑ってやりたい。綺麗な心じゃない、穢れた願いかもしれない汚い感情かもしれない。それでも、自分の中の黒い感情の渦から抜け出せると思ったから、絶対に私は彼女たちよりも幸せだと感じたい。
勝ち負けの話じゃないけど…それが、私なりの勝利の形だから。

いよいよ彼女たちの逆鱗に触れてしまったようだ。先ほどのように手首を捕まれ、本格的に手が出てくる。そう覚悟した瞬間、彼女たちのそれぞれの頬すれすれに黄色い光が走った。咄嗟のことで彼女たちの動きが止まる。そして私の足元に転がってくる5つのテニスボール。彼女たちは何が起きたのか解っていないようだ。彼女の後ろには白石と忍足、それから跡部さんが立っていて、彼女たちの顔からさあと血の気が引いて行った。白石たちの登場に安堵してしまって涙が出てきそうになった。怖さを我慢した分一気に溢れ出てきてしまうかと思った。

「し、しら、いしく…」
「中々戻ってこんから呼びにきてんけど…」
「これはっ…」
「俺言ったはずやねんけどな。名前は俺らの姫さんやって」

彼女たちを見据えながら忍足が溜息を吐く。こんな顔して怒ってる忍足は初めて見た。
私なんかのためにここまで怒りを露にしてくれる忍足に私なんて声をかけていいんだろう。そんな顔させちゃってごめんねって謝りたい、こんな私のために怒ってくれてありがとうってお礼も言いたい。
白石が近づいてきて、私の手首を掴んでいるその手を掴む。とその子の顔が悲痛に歪み圧迫されていた手首が自由になった。

「全部知ってたんや」

白石が静かに言う。掴まれて赤くなった手首を白石が優しく撫でた。それがくすぐったくて、恥ずかしいところを見られちゃったという気持ちもあって我慢するようにぎゅっと目を閉じた。

「自分らがどれくらい最低なことしてきたかとか」

きゅうと手が、繋がれる。白石は私の手首から視線を外して、横目で固まっている彼女たちを見た。その目は見た事もないくらい、白石じゃないみたいに、冷たい。こんな目で、見られたら、私だったら死にたくなるかもしれない。

「自分らがどんだけ最悪かっちゅーこともな」

呆然と立ち尽くす彼女たちの目には何が映っただろう。ただ私に関して言えることは、胸の痞えが取れて軽くなったような、気持ち的に呼吸が以前よりも楽に出来るようになった。
切ないのか、嬉しいのか、悲しいのかなんだかよくわからないけど、泣いてしまいたかった。そうしたら出し切れなかった胸に残ったモヤモヤもきれいに流れていくような気がした。

「よぉ頑張った、苗字さんの勝ちやで」
「勝ちとか、負けとかないよ…でもすっきりした、かな…」

ありがとう、そう言って笑いたかったのに一緒に涙が出てきちゃって白石の顔を見れなくなってしまった。隣の白石を見れないのでまっすぐ前を向いていたら前方にいた忍足に「泣いてんのか笑ってんのかよう解らん顔やな」、って言われてしまった。